家出事件 14
ようやく玄関から家の中にあがることを許された僕らは、いくつかの部屋を抜け、居間と思われる場所へと通された。他の部屋が、ただの大きな和室だった(欄間や床の間に飾られた壷などの装飾は普通ではなかった)のに対し、家具や家財道具などがたくさんあり、生活感あふれる空間になっている。その部屋の真ん中に置かれた炬燵に入り、みかんを食べながらテレビゲームをしている小学生が一人。その見慣れたツインテールが揺れ、こちらに振り返る。
「……みもちゃん」
ゆずかちゃんは口に入れようとしていたみかんを落とした。
「ゆずりん、帰ろ」
「……」
相変わらずいきなり本題を切り出す未守さんに対し、ゆずかちゃんは黙って下を向く。
「……わたし、見つけちゃって」
そう切り出したゆずかちゃんの声は震えていた。
「みもちゃんみたいに探偵ごっこしようと思ってお母さんの部屋のクローゼットをたんさくしてたら、……見つけたの。昔のお母さんの写真。若いお母さんが赤ちゃんを抱いてるやつ」
ゆうと君が言っていた通りだ。ゆずかちゃんは母親の昔の写真を見つけて、それで喧嘩になった。
『何も信じられなくなった』ゆずかちゃんはそう言っていたそうだ。そして、それを確認した桜さんの前でお母さんは泣いた。
「……最初はお姉ちゃんの写真だと思った。でも、その写真の日付、お姉ちゃんが生まれるよりも前の年だった」
昔のフィルム写真は、現像した際に撮られた年と日付が刻印される。
「二十年前の七月七日」
その日付は知っている。僕の大切な人が生まれた日だ。
「その写真と一緒に、黒の探偵の新聞記事がスクラップしてあるノートも出てきたの」
僕は先ほどここに来る前に未守さんに頼んでかけてもらった電話でのやり取りを思い出す。電話の相手はオランダにいる僕の姉、麦子(姉はオランダにいる際、専用のケータイを使っているのだが、その番号は僕のケータイにはなぜか登録されていない)だ。
『こんな時間に何の用?』
『僕です。訊きたいことがあります』
『あら、珍しい声ね。みもからだと思って飛び起きたのに、損した気分だわ』
『そっちは夜なんですね』
『夜中の三時よ。しかし、情報というのは物凄い速さで駆け巡るのね。まさか、もうあなたに伝わっているとは』
『何の話ですか?』
『私がリリーとお付き合いすることにした件よ』
『誰ですか』
『学友よ。イギリス人なの』
『それはおめでとうございます。女性の方ですか?』
『ええ。その口ぶりからだと、みもから聞いたわけではなさそうね』
『はい、その件で電話したわけではないので』
『あら、そうなの? 私はてっきり、先ほどリリーに奪われた処女の件かと』
『違います。どこの国に、処女喪失の直後の深夜に電話をかけてくる弟がいるんですか』
『冗談よ。確かにリリーは今隣で寝ているけれど、私は処女よ。で、何の用?』
『……。三年前、並木家が空き巣に入られた件ですが、未守さんに解決するように言ったのはあなたですか?』
『ええ、そうよ』
『去年の六月、ゆずかちゃんのピンチにわざわざ登場したのは、未守さんとゆずかちゃんを引き合わせるためだったんですか?』
『ええ、もちろん』
『どうしてそんなことを?』
『もう知っているんでしょ? だから私に電話をしてきた』
『確認のためです』
『あなたの想像している通りよ。黒の探偵の助手をしていた頃、私はみもから全てを聞いた。あの子はなんでもわかってしまうから、自分のことも全部知っていた。そして、私は全てを知った上で、感情を得たときにみもが後悔しない様に、動いた。それだけよ。……まあ、保険というやつね』
『それじゃあ、ゆずかちゃんと桜さんと未守さんは――』
「……みもちゃんは、わたしのお姉ちゃんなの?」
震えた声で、けれど目はしっかりと未守さんを見つめ、ゆずかちゃんは未守さんに問いかける。
「そうだよ」
未守さんは短く、優しい声で肯定した。それを聞いたゆずかちゃんは一瞬真顔になり、その後、表情を崩す。
「なーんだ、だから気が合ったんだね。わたし、みもちゃんのこと大好きだから、嬉しいよ」
笑顔でそう言うゆずかちゃんを未守さんは強く抱きしめた。
「黙っててごめんね」
「しょうがないよ」
抱き合いながら、二人は泣いていた。感動の再会というやつである。僕は希さんと一緒に部屋の入り口でそれを眺めている。
今の未守さんには、感情がある。それは確かなことだ。僕の姉の差し金で一家を助け、ゆずかちゃんと知り合った人が、今では抱き合って泣いている。
「ゆずりん、帰ろ?」
泣きやんだ後で、未守さんがそう言うと、ゆずかちゃんはいつもの声のトーンで、「りょぷかいでーす」と答えた。