家出事件 11 十月一日 水曜日
目を覚ますと、未守さんはまだ唸っていた。昨日、ゆうと君や朝見刑事と話した後、未守さんに晩ご飯を食べさせようと試みたけれど、彼女は全く動かず、僕は唸り続ける彼女の横でご飯を食べ、一人でシャワーを浴び、心配で眠れなくなってしまった桜さんと電話で話しながら、僕はそのまま未守さんの横で眠ってしまっていたようだ。
ケータイを確認すると、桜さんからお礼のメッセージ、そしてワタさんから『起きたら見ろ』と書かれたメッセージが届いていた。僕はワタさんのメッセージに添付してある画像を表示させる。
それは防犯カメラの映像を切り取ったようなものだった。つまり、画質があまり良くない。それでも、道を歩く二人の人間の姿が確認できる。右下に記された日時は一昨日の夕方。ゆずかちゃんがいなくなったと思われる時刻と一致する。
髪型と服装、そして身長から、写っている二人のうち一人はゆずかちゃんであることがわかる。その横にいるのは誰だ? セーラー服を着ているようなので、学生だということはわかる。髪型はおそらくショートカット。セーラー服は一般的なカラーリングのものではなく、襟だけが白で他は紺色のもの。河部市にはいくつか学校があり、駅前ではいろいろな制服の学生を見かけるけれど、この制服も見たことがある。
と、画像を見つめていると、ワタさんから電話。
「起きたか?」
「はい、おはようございます。画像見ましたよ、この制服どこの学校のでしたっけ?」
「皐月山学園だ」
皐月山学園。七月、白の狂犬と対峙したあの山には、この辺りで有名な私立の進学校がある。最寄駅が東河部なので、皐月山学園の生徒は僕もよく見かける。でも、
「あそこはブレザーですよ?」
「中等部だ。皐月山学園は高等部と中等部で制服が違うんだよ」
「中学生?」
顔ははっきりとわからないものの、どうやらゆずかちゃんは皐月山学園の生徒と会っていたらしい。しかし、この画像だけではこの中学生がゆずかちゃんを連れ去ったとは言いにくい。でも、この中学生が何か知っている可能性は高い。
「誰だかわかります?」
「いや、それはまだだ。その画像もマリーが噂をかき集めて、それに一致する防犯カメラを俺が取り寄せたものだ。引き続きマリーが聞き込みをするみたいだが、これが手がかりになるかは不明だ」
「いえ、そんなことないと思いますよ。この画像は桜さんにも?」
「ああ、送ってある。一応警察にもな」
「ありがとうございます。また何かわかったら連絡してください」
「了解」
ワタさんとの電話を切って、桜さんにかけようとしたらタイミングよく彼女からかかってきた。
「或江君、おはようございます」
「おはようございます。ワタさん達が見つけた防犯カメラの画像なんですが、桜さん、あの中学生に心当たりは?」
「わかりません。少なくとも私や両親は見たことがない人です」
「そうですか。喧嘩のことはわかりましたか?」
「それがおかしいんです」
「おかしい?」
「柚香と喧嘩したんじゃないかって訊いたら、母が泣き出してしまって。普段泣かない人なので驚きました」
ということは、喧嘩をしたのは事実だろう。確か、原因は親御さんの昔の写真をゆずかちゃんが見つけたから。それがどうして喧嘩に繋がるのかはわからないけれど、家出の可能性は高い。
しかし、防犯カメラの画像も気になる。あの中学生は一体何者なのだろうか。
「わかりました。また何かあれば連絡ください。こちらも進展があれば連絡します」
桜さんとの通話を終え、僕は制服に着替え、朝食の準備をする。
トーストと目玉焼きとカリカリに焼いたベーコン、そして野菜ジュース。それらをすべて用意し終えると、リビングに持っていき、未守さんの横でテレビを見ながら食べ始める。
トーストをかじっていると、未守さんが動いた。
「わかっ、たっぴよ……」
そう言いながら、ヨロヨロと僕に縋り付いてくる。丸一日だ。飲まず食わずで、能力を使い続けて二十四時間、未守さんは唸り続けたのだ。
「未守さん、大丈夫ですか?」
「だ、だいじょぶ……おなか、すいた」
とりあえず、僕は飲みかけの野菜ジュースと食べかけのトーストを未守さんに渡し、キッチンへ。昨日用意した未守さんの分の夕食(メニューは豚肉の生姜焼きと、サラダと味噌汁)をお盆に並べ、持っていく。
未守さんはそれはもう、モリモリと食べ、ゴクゴクと飲んだ。僕は真っ先に訊きたいことを我慢し、それを眺めていた。
そんな食事も終わり、僕は未守さんに訊ねることにした。
「未守さん、ゆずかちゃんはどこに――」
「行くよ!」
「はい?」
「お迎えだよ!」