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家出事件 10

 授業を受け、昼休みにご飯を食べ、そしてまた授業を受け、放課後になった。しかし、未守さんからの連絡は来なかった。まあ、ゆずかちゃんが見つかったら連絡するという約束をしていたわけではないので、どちらにしても連絡は来ないのかもしれない。


 夫婦漫才をしているワタさんとマリーさんの横でケータイを眺めていると、僕らの教室に桜さんが青い顔をして現れた。桜さんの話によると親御さんからの連絡はなく、先ほど電話をしたところ、ゆずかちゃんはまだ見つかっていないらしい。


 桜さんの話を聞いたワタさんが立ち上がる。


「俺達も動くぞ」


「はーい。先に見つけたらご褒美ちょうだい」


「考えておく」


 そんなやりとりをしながら、ワタさんとマリーさんは教室から出て行った。おそらく部室からパソコンなどを使って探してくれるのだろう。未守さんには劣るとはいえ、二人は情報屋だ。もしかしたら何か手がかりを見つけてくれるかもしれない。


 そして、僕は青い顔の桜さんを連れてアオヰコーポへと向かった。桜さんはほとんど喋らず、僕も何も話さなかった。


 僕は、二〇三号室のドアの前で桜さんに声をかける。


「桜さん、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないです。こんなこと初めてなので」


「ですよね。でも、もしかすると未守さんが見つけてきてくれているかもしれません」


 そう言ってドアを開ける。玄関にゆずかちゃんの靴はない。そして、リビングに入ると、未守さんが朝と全く同じ状態で唸っている。


「んーんー」


 僕が学校に行っている間もずっとこうして唸っていたらしい。いくらなんでも長すぎである。今までも少し時間のかかることはあってもたいてい数分だった。それが、何時間もかかっている。幸恵さんが以前、長くなったと言っていたけれど、どんどん長くなっているということだろうか。それとも、ゆずかちゃんがかなり複雑な場所にいるということだろうか。どちらにしても、この状態の未守さんを僕はどうすることもできない。


「二つのことを思い出しました」


 『親子丼』と書かれたTシャツ姿で唸り続ける未守さんを眺めていると、隣で桜さんが呟く。


「一つは小学生の時の河部ハーメルン、小学生が同時にいなくなったあのとき、私はまだ子供で、初めは何が起きたのかよくわかっていませんでした。幸いにも私の学校には被害者はいなかったので、詳しいことを知ったのも随分後です。それでも当時、先生たちと集団で下校したり、母が保護者の集まりに頻繁に出かけたり、よくわからないなりに、ただならぬことが起きているということはわかりました。でもやっぱり、あのときはまだ待つ側の気持ちがどんなものなのか知りませんでした」


「……桜さん」


「二つ目は五月の誘拐事件です。あのとき、或江君が連れ去られたと知ってすごく心配しました。大切な人が突然いなくなるということがどんな気持ちなのか、知った気がします。って、どっちの被害者も或江君ですね」


 そう言いながら軽く笑う桜さんはやっぱり顔が青くて、体に力が入っていない。


「……やはり、柚香は何か事件に巻き込まれたんでしょうか?」


「まだわかりません。とりあえず今は、ワタさん達の情報と未守さんを待つことしかできませんね」


「私、柚香がよく行く場所をもう一度探してみます」


「わかりました。僕はここで未守さんを待ちます。手がかりをつかみ次第、連絡します」


「よろしくお願いします」


 桜さんは足早に部屋を後にした。相当心配なのだろう。


 桜さんが去り、夕飯の支度を済ませ、未守さんを眺めながら紅茶を飲んでいるとインターホンが鳴った。もちろん未守さんは出ることができないので、僕が玄関へ。


 ドアを開けると小学生の男の子が立っていた。ゆうと君だ。どこかを駆け回ってきたのか、服は泥だらけ。


「よう、並木来てるか?」


「来てないよ。ゆうと君もゆずかちゃんを探しているの?」


「昨日、並木のお母さんから家に電話があって、どこにいるか知らないかって聞かれた。そしたら今日休んでるし、先生は風邪だって言ってたけど、おかしいと思って並木の家に行ったら、まだ帰ってないって言われた。ここにいないならどこにいる?」


「どうして僕に訊くの?」


「仲いいんだろ?」


「最近はゆうと君のほうが仲いいんじゃないかな。最近のゆずかちゃんを見ていて気づいたこととかある?」


「あ、そういえば……」


 ゆうと君は一度空を仰ぎ、もう一度僕を見つめる。


「親とケンカしたらしいんだ」


「喧嘩? どうして?」


 桜さんは家で変わったことはなかった、いつも通りだったと言っていたはずだ。


「なんか親の昔の写真を見つけたとかで」


「それがどうして喧嘩に?」


「わからない」


「でも『もう何も信じられない』って言ってた」


 何も信じられない? ということは、ゆずかちゃんは自分からいなくなったということだろうか。つまり、家出?


 僕はゆうとくんに、早めに帰った方がいいと言って、そのまま玄関先で桜さんに電話をかける。


「桜さん、ゆずかちゃんは家出かもしれません」


「え? あの子が家出?」


「友達のゆうと君が、ゆずかちゃんが親御さんと喧嘩したと言っていたのを思い出したみたいです」


「本当ですか?」


「はい、親御さんの昔の写真を見つけたとかで」


「わかりました、私から親に確認しておきます」


「はい、また何かわかったら連絡しますね」


 通話を切ると、ゆうと君はいなくなり、代わりにクマが目の前に立っていた。


「あるくん、久しぶりだな、この野郎」


「お久しぶりです。朝見刑事、急にどうしたんですか?」


「行方不明の小学生が、頻繁にここに出入りしてたって聞いたんでな」


「警察が動くのって意外と早いんですね」


「この街で子供が消えれば誰だって思い出す。七年前のあの事件をな」


 河部ハーメルン。僕とあーちゃんと、そしてさっちゃんを含む二十三人の児童が同時に誘拐された事件。この街には、あの悲劇の傷がまだ残っている。子供の失踪には敏感、そういうことだろう。特に警察関係者となれば尚更である。そしてこのクマみたいな刑事さんは確か……。


「朝見刑事もあの事件の捜査に参加していたんでしたっけ?」


「当り前だ、この野郎」


「あの、今回の件は――」


「安心しろ。今のところ行方不明の子供は並木柚香ちゃんだけだ」


「そうですか」


「俺達が探し出す」


 そう言って朝見刑事は胸ポケットから煙草を取り出し、火をつける。部屋の中は禁煙だけれど、ここは部屋の外なので問題ない。


「みも太郎はどうしてる?」


「今も唸ってますよ。でも朝からずっとなんです。もしかしたら難事件かもしれません」


「そうか。一日中ってのは、珍しいな。みも太郎がさっさと見つけ出すと思ったんだがな」


「ですよね。今回は警察の方が先に見つけられるかもしれません」


「別にみも太郎に頼りっきりってわけじゃねえんだ。俺達だって全力で仕事をしてる。でもな、あの日、あの事件を一瞬で解決したあいつの背中がな、かっこよかったんだよ」


 朝見刑事は白い煙をゆっくりと吐き出す。


「あいつは俺達の最後の希望だ」


 最後の希望。警察が手も足も出なかった河部ハーメルンを一瞬で解決した、何でもわかってしまう少女。そんな彼女は今、たった一人の小学生を見つけるため、何時間も闘っている。難解な事件なのか、それとも未守さん自身の変化なのか、それはわからない。それでも、彼女は唸っている。


「じゃあな、おじさんは仕事だ、この野郎」


 朝見刑事は携帯灰皿に煙草を押し付け、それらをポケットにしまうと、去っていった。


 そんな朝見刑事の背中はいつになく大きく見えた。


 かっこいいことを言っていたけれど、基本的にこの人は残念な刑事さんである。離婚の原因は元部下である幸恵さんとの不倫らしいし、他にも単独行動、違法捜査、家庭を顧みないタイプ、未守さんとの子供同士のようなやりとり、本当にいろいろと残念な刑事さんなので他にも離婚の理由はありそうだ。 

 それでも、彼が刑事であることは変わりない。今はゆずかちゃんを探すために働いている、この街のお巡りさんなのだ。


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