家出事件 09 九月三十日 火曜日
「帰ってない?」
翌朝、床で寝ている未守さんの横で朝食を食べていると、桜さんから電話がかかってきた。桜さんの話によると、柚香ちゃんはまだ帰ってきておらず、昨晩はご両親といろいろなところに電話をかけたり、家の近くを探していたそうだ。朝になり、ご両親は警察に行くことにしたそうだ。そして、桜さんは黒の探偵に依頼したい、と。
未守さんはなんでもわかってしまう。柚香ちゃんがどこへ行ったかも、少し唸ればわかるだろう。依頼料については後日払ってくれるそうだ。
「わかりました。僕から未守さんに頼んで探してもらいます」
電話を切って隣を見ると、未守さんが体を起こし、唸っていた。さっきまで寝ていたので『親子丼』と書かれたTシャツ一枚だけの格好だ。
「んーんー」
いつの間に起きたのだろうか。そして、さっそく唸っているということは、電話の声が漏れており、それを聞いた未守さんはゆずかちゃんを探しているということだろう。しかし、僕はまだ頼んでいない。未守さんは基本的に私情では動かない。僕に関しては特別みたいだけれど、それ以外は今までと変わらない。誰かに頼まれない限り、力を使うことはない。桜さんはそれを見越して依頼という形をとったのだろうけれど、どうやら、ゆずかちゃんに関しても例外だったらしい。
それからも未守さんは微動だにせず唸り続けていた。僕は登校する時間になったので、「いってきます」とだけ言って家を出た。
三年二組の教室に入ると、桜さんが僕の席で待っていた。その横にはマリーさんとワタさんもいる。桜さんは僕を見るなり、「黒の探偵さんは?」と尋ねてきた。
「今、唸ってます。時間になったので僕も学校に来ました」
「そうですか」
「授業が終わるころにはゆずかちゃんも家にいるでしょう」
「そうだといいんですが……本当は学校を休んで探すつもりだったんですけど、母に『とりあえず学校に行きなさい』と言われて……」
俯く桜さん。妹がいなくなり、気が気じゃないらしい。
「心配しすぎだって、小学生が一晩いなくなるなんてよくあることじゃん? アタシもよく無断外泊してたし」
マリーさんは机に腰かけ、呑気に毛先を指でクルクルといじっている。
「それはお前とお前の家族が特殊なだけだ」
ワタさんは珍しくタブレットを持っておらず、マリーさんの横で腕を組んでいる。
「そんなことないってー」
「マリーは子供の頃からギャルだったからな」
「子供のころからギャルって何? アタシは昔から清純派だっつーの」
「お前のどこが清純なんだ?」
「顔とか?」
……。マリーさんとワタさんの夫婦漫才は置いておき、僕は桜さんに声をかける。
「警察にも連絡するということでしたが、力になってくれそうですか?」
「父が仕事を休み、警察へ行きました。とりあえず届け出を出すだけになると思います。母はいつ柚香が戻ってきてもいいように家で待っています」
「そうですか。ゆずかちゃんは家ではどんな感じでしたか? なにか変わったこととかありませんでしたか?」
「それが、私が見る限りいつも通りでした。担任の先生にも聞いたんですが、学校でも特に変わったことはなかったそうです」
「ということは家出という可能性は低いですね」
「何か事件に巻き込まれたのでしょうか?」
「可能性はありますね……ワタさん、マリーさん、できる限りのことはしてくれるんですよね?」
「仲間が困っているんだ。何もしないわけがないだろ」
「そうそう、アタシたち仲間だし」
さっきまで小学生の無断外泊は当たり前だとか言っていた人間の発言とは思えないが、僕らは探偵同好会だ。そのメンバーの妹がいなくなった。今活動しないでいつ活動するというのだ。
「みなさん、よろしくお願いします」
桜さんは被っていた帽子を脱ぎ、深々と頭を下げた。