家出事件 08
獅子戸君との楽しいお好み焼きパーティーを終えた僕は、アオヰコーポに帰ってきた。自転車を置いて、階段を上がり、二〇三号室に入ると、未守さんは電話中だった。耳に当てたケータイからコール音が漏れて聞こえる。
「ピザおかわり!」
相手が電話に出るなり、勢いよく叫ぶ未守さん。後ろを向いているので、僕の帰宅には気付いていない。
「だから、おかわりいっちょ! わかったですか?」
そんな注文でわかるわけがない。足元に転がっている箱と、『おかわり』と言っていることから、ピザをもう一枚頼もうとしているのはわかるのだけれど、それがピザ屋に伝わるとは思えない。しかし、いつもこんな注文の仕方をしていたのか。僕がいるときは僕が料理するので知らなかったけれど、これでは注文を受けるピザ屋も大変である。これは僕が電話を代わって――
「そうそう、そこだよ!」
ん? 伝わった?
「うん、それ!」
どうやら注文できたらしい。さすが未守さん。いや、この場合はさすが店員さんだ。世の中にはクレーマーと呼ばれる人たちもいるので、対応に慣れているのかもしれない。
「あ! ある、おかかー」
電話を終えて振り返った未守さんが僕に抱き着いてくる。
「未守さん、口が汚れてますよ」
ポケットからハンカチを取り出し、口元を優しく拭う。
「えへへー」
拭き終ると、未守さんは嬉しそうに僕に顏を寄せてくる。
「あるは優しいから、ちゅーしてあげよう」
僕の唇に未守さんの唇が触れようとした瞬間、僕のポケットのケータイが震え出した。僕はとっさに未守さんの肩を掴み、体を離す。
「どうしたでござる?」
「すみません、電話です」
そう言ってケータイを取り出すと、画面には桜さんの名前が表示されている。
「もしもし? 桜さん、こんな時間にどうしたんですか?」
「或江君、柚香がそちらにお邪魔していませんか?」
「いえ、いませんけど」
「そうですか、もう少し探してみます」
「まだ帰ってないんですか?」
僕は腕時計を見る。時刻は九時になろうとしていた。さすがに小学生がこの時間に学校から帰っていないのは心配だ。
「はい、学校の帰りにどこかに寄ったみたいで」
「そうですか、もしここに来ることがあれば連絡します」
「お願いします」
早口でそう言って桜さんは電話を切った。