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家出事件 07

「先輩、豚玉できましたよ」


「ありがとうございます」


 獅子戸君が目の前で焼き、食べやすいように切ってくれたお好み焼きをヘラで自分のお皿へ移す。ソースが香ばしく、鰹節が踊っているように見える。


 僕と獅子戸君は、東河部駅近くのカサエ街商店街の一角にある、お好み焼き専門店『さくらんぼ』にいる。


 どうしてかというと、それは昨日の晩に獅子戸君から『明日の同好会終わったら、二人でお好み行きましょうよ』とメッセージが来たからである。同好会のミーティング後ということは晩ご飯だ。僕には未守さんの晩ご飯を作り、一緒に食べるという使命がある。なので、一度は断ったのだけれど、


『お話があるんです!』

『なんですか?』

『こういうことは会って話さないと!』

『ならミーティングで』

『二人で話したいんです』


 というやりとりがあり、僕は仕方なく、獅子戸君と会うことにした。メッセージのやりとりだけ見るとまるで獅子戸君が僕に告白するかもしれないような感じになっているかもしれないが、そんなことはない。まあ、恋愛がらみというのは間違ってなさそうだけれど。


 未守さんには今日の晩ご飯は久しぶりにピザでも食べてください、と伝えてある。未守さんは呑気に『かんぞう! 明日はピザでござるよ!』とクマのぬいぐるみに報告していた。


 というわけで、部活帰りにお好み焼きを食べることになった僕らは商店街でも人気のお店『さくらんぼ』にやってきたのである。昔からあるこの店の内装は少し古ぼけていて、味がある。壁中にと貼られたメニューに、芸能人のサイン色紙、鉄板が備え付けられた四つのテーブル席とカウンター。僕らは一番奥のテーブル席に座った。愛想のいい店主の奥さんに注文をすると、獅子戸君は「先輩、ボクが焼きますよ」と言ってくれた。この店では基本的にお客さんが自分で焼くスタイルなのだが、頼めば無表情の店主が焼いてくれる。


 そして、僕の目の前には獅子戸君が焼いてくれたお好み焼きがある。いつも家では僕が料理しているので、誰かに作ってもらったのは久々だ。


「イカ玉もできました」


 僕と獅子戸君は豚肉のお好み焼きとイカのお好み焼きを一つずつ注文した。それらを半分づつに分けて、二人で両方味わおうというプランである。


 獅子戸君は、イカ玉を半分にしてから、自分の皿に持っていき、口を開く。


「ボク、軽音部に顔出してるんですよ」


 お好み焼きを食べていると、獅子戸君はそんなことを言い出した。これがメッセージで言っていたお話というやつなのだろうか。


「軽音部に移籍したいということですか?」


「いや、そういうわけじゃないんですけど」


「別に気を使わなくても大丈夫ですよ。獅子戸君が抜けてもワタさんが適当に幽霊部員を見繕ってくれると思いますし」


「いや、違いますって。別に今のままでいいんです。ボクみたいに掛け持ちとかで、軽音部に入ってない人、何人かいますし」


「そうなんですか」


「夕波先輩も軽音部じゃないです」


 意外だ。お兄さんも部員だったみたいだし、文化祭では獅子戸君も参加していた『寄集めバンド』のリーダーだったのでてっきり部員だと思っていた。


「じゃあ、夕波さんも他の部活に所属している、ということですか?」


「違いますよ。夕波先輩は、バイトで……忙しいんですかね?」


「どうして僕に訊くんですか」


「詳しいことは知らないんで」


「まだまだですね」


「そう思います?」


「でも、知り合って一か月も経っていないので、普通かもしれません。というか、諦めてなかったんですね」


「当り前じゃないですか。ボクは本気で夕波先輩に惚れているんです」


「なら、もっと仲良くならないとですね」


「それが、仲は良い方だと思うんですよ」


「どうしてそう思うんですか?」


「ケータイで毎日やり取りしてて、学校でもよく話すんです」


「それなら僕と獅子戸君の関係とあまり変わらないじゃないですか」


「おはようからおやすみまで、ですよ?」


「……。それはかなり仲が良いですね。告白した人とそれを断った人だと思えません」


「そうなんですよ。何のバイトをしてるか以外は、なんでも話してくれて……弟のこととか、いろいろ」


「それは良い事じゃないですか。でも、それならどうしてフラれたんでしょう?」


「それがボクにはさっぱりで」


 そうか、これが獅子戸君が言っていたお話というやつだ。文化祭二日目、獅子戸君は夕波さんに告白して、断られた。しかし、その後も関係がぎくしゃくすることはなく、むしろ仲が良くなっている。夕波さんは何を思って獅子戸君と仲良くしているのだろうか? そして、何でも話せる仲なのに教えてくれないバイトの詳細……。


「もしかして、告白を断ったのは、バイトと何か関係しているからじゃないですか? 獅子戸君はどんなバイトだと思いますか?」


「……接客業とか?」


「あまり興味なさそうですね」


「別に、どんなバイトかは興味ないですから」


「え? 夕波さんが告白を断った理由が何なのかを、僕に相談したいってことじゃないんですか?」


「違いますよ」


「でも、話があるって誘ってくれたじゃないですか。その話って夕波さんについての相談ですよね?」


「ああ、その話ですか」


 獅子戸君、意味は一体、ここにどの話をしにきたんだ。僕はそのために呼ばれたから君の目の前にいるというのに。


 獅子戸君は大きく息を吸い込み、そしてそれをゆっくり吐き、僕を真剣な眼差しで見つめる。


「ボク、もしかしたらモテ期かもしれないんですよ」


「はい?」


「文化祭の後、クラスの女子がおかしいんです。急に『応援してる』とか言われたり、ボクが軽音部の練習にいると、差し入れを持ってきたり。あと、三年の先輩に遊びに誘われたり」


 『寄集めバンド』でのドラム演奏と、その後の告白劇が獅子戸君の知名度を一気に上げることになったのは明白だ。中学時代に表彰されたことがあるとはいえ、高校ではドラムをやっていなかったのだから、文化祭で彼の演奏を始めてみた人がほとんどだろう。そして、告白劇では断られてしまったが、目立ったのは間違いいない。それらが獅子戸君の言うモテ期に繋がったのだろう。


「で、この前その三年の先輩と佐備のショッピングモールに行ったんですけど」


 これは長くなるパターンだ。そう僕の知識が告げた。


「ボク、寝坊したんですよ」


「すみません、用事を思い出したので今日は――」


「聞きやがれください」


「敬語がおかしいです」


「とりあえず、もう一枚、頼みますね」


 こうして、僕は獅子戸君のモテ期について一時間ほど話を聞くことになった。内容は、デートに行った三年の先輩がお弁当を作って持ってきてくれたけれど、中身が凍っていたとか、中学の同級生と再会して、後日呼び出されたと思ったらマルチ商法の勧誘だったとか。そんな、モテ期かどうかよくわからない話だった。


 それにしても、文化祭が終わってからの二週間、本当にいろいろあったみたいだ。それを僕に聞いてほしかったのだろう。どうしてその相手が僕でないといけないのかはわからない。僕としては、獅子戸君には早く彼女を作ってもらって、その人に話していただきたい。彼がどれだけ本気なのかはわからないけれど、夕波さんと付き合うことができればいいな、と思いました。楽しかったです。また行きたいです。

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