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家出事件 06 九月二十九日 月曜日

「はい、ダーリンあーん」


 ぱくり。タブレット端末をいじるワタさんが、マリーさんによって差し出されたスプーンの上のオムライスを口に入れる。


 昼休みの食堂で、僕はいつものようにワタさんとマリーさんと三人で食事をしていた。

 目の前で繰り広げられる『あーん』は、毎日のことなのでもう慣れた。食事中もゲームをするワタさんは行儀が悪いとは思うけれど、ワタさんにとっては食事よりも大切なものがある。それは、『あーん』をしてくれるギャルな彼女ではなく、二次元の美少女だ。ワタさん曰く、『美少女を育てながら、自動的に目の前に食べ物が運ばれてくるのはとても楽』なのだそうだ。そして、マリーさんからしてみれば、大好きな彼氏に食事をさせられることは幸せなことらしい。曰く、『無表情でもぐもぐしてるの、超カワイイ』だそうだ。僕にはその可愛さはわからないのだけれど。まあ、僕も未守さんに食べさせたりしている身なので、あまり人のことは言えない。


 大きなテーブルの隅で、いちゃつくワタさんとマリーさんを眺めながらラーメンをすすっていると、僕の横を花桃さんと夕波さんが通り過ぎて行った。


 文化祭二日目の後夜祭、あの日、僕は花桃さんから河部ハーメルンの真相を聞き、すべてを思い出した。それ以来、花桃さんとは話していない。僕から話しかけることもなく、花桃さんから話しかけてくることもない。夕波さんも僕に関わってこないので、クラスでの僕の立ち位置は何も変わっていない。

 花桃さんについて、なぜ別人として生きているのか、なぜ不思議な力を持っているのか、といった謎は残っているものの、子供の頃のように仲良くしたいと思わないし、文化祭で夕波さんと関わったからといって、教室で仲良くすることもない。今の僕にとっては他のクラスメートと同様、同じ教室にいるだけの存在だ。


 ラーメンを食べ終えた僕は、まだ『あーん』を続けている情報屋の二人に話しかける。


「これは依頼ではなくて、たとえばの話なんですが、二十二年前に根崎辺りで遊んでいた女の子が今どこにいるか、とかわかりますか?」


「……名前は? ……そういう訊き方をしているということは……わからないのか」


「はい。手がかりは家出をしてきたということと日付だけです。見た目もわかりません」


「それは……また無茶な……話だな」


「可能ですか?」


 僕の問いに、ワタさんはゲームをする手を止める。それを見て、マリーさんも差し出したスプーンを引っ込める。


「家出なら警察に出された捜索願から割り出すことも可能かもしれないが、出身もわからないとなるとな……。それにあの街は大きすぎる上に人の出入りが多い」


 根崎はこの辺で一番大きな繁華街な上に、全国的に見ても主要都市に数えられるくらいの街だ。観光客だって多い。休日になると河部七夕のときの河川敷のように人で溢れかえる。


「ですよね」


「女子のことならマリーの得意分野だが」


「根崎でよく遊んでる子達のネットワークは何個か知ってるけど、さすがにそんな大昔のことはねー」


「ですよね」


 この二人がわからないというなら、お手上げだ。未守さんは依頼を受けなかったし、結論は出ているので、これ以上僕ができることはない。


「ところで、今度未守さんと忍者の映画を見に行くことになったのですが、どんなお話ですか?」


「お前ら、一之瀬零士に会ってきたんだろ? なら、Shaverだ」


 そう言ってワタさんは再びタブレット端末をいじりだす。それに合わせてマリーさんもオムライスをワタさんの口に持っていく作業を再開する。


「アニメ映画ですか」


「いや……実写だ」


「実写ですか」


 Shaverは少年誌に連載されていた漫画だ。舞台は十九世紀のヨーロッパで、ニンジャの末裔である主人公がタイムスリップしたり、宇宙に行ったりしながら、ライバルたちと友情を育み、必殺技を習得するために努力し、最後は強敵に勝利する、スケールの大きなバトル漫画だ。アニメも好評で、子供たちに大人気である。それを実写で映画化か。いくら映像技術が進歩したとはいえ、実写でどこまで再現できるのだろうか?


「……ハリウッドだぞ」


「それはすごいですね」


 一之瀬さんがゲームソフトに残した文章には、元々死に場所を探していたと書いてあったけれど、自分の作品を原作にしたハリウッド映画を見ずに自殺してしまうなんてちょっともったいない気がする。しかし、漫画は完結しているし、映画化などには興味がなかったのだろう。あのときは自己紹介として、知名度のある作品として、映像化されたものを教えてくれたけれど、彼にとっては本当にそれだけの意味だったということだろう。


「もし忍者の末裔が本当にいたら、一度ベニさんと戦ってほしいですね」


「……お前を撃った……瓜丘の部下か」


「はい、あの人は警察官を圧倒するぐらい強いですから。僕の姉もボコボコにされましたし」


「……確かに。赤の狂戦士は……強いからな」


「そんな名前で呼ばれているんですか、あの人」


「……数年前に……街を騒がせた……レディースの元総長だ。……最近は……白の狂犬とセットで……語られることが多かったが」


 いくつもの犯罪に関与し、いくつもの組織を渡り歩いてきた裏社会の狂犬、瓜丘来夢は七月の河部七夕において、未守さんに感情を芽生えさせるためだけに観客を襲おうとしたが、それは僕ら探偵同好会のメンバーによって阻止され、その場で警察に捕まった。


 白の狂犬の右腕だったベニさんは、瓜丘さんの願いを叶えるために僕を銃で撃ち、その後、姿をくらました。そして、彼女の行方は今になってもわからない。警察による指名手配も今のところ、効果が出ていない。真っ赤な特攻服に真っ赤な長い髪のベニさんは目立つ。今も警察が彼女を捕まえることができていないのなら、きっと髪型もイメージカラーも変えて、逃げているのだろう。もしかしたら、整形しているかもしれない。この国には紺色の外科医という、腕の良い医者がいる。僕は会ったことがないけれど、久美島で色部さんと入れ替わって逃走した明日奈さんは、その外科医によって顔を変え、別人として生活している。なんとも便利なお医者さんだ。


 ベニさんが目立つのは見た目だけではない。その戦闘能力だ。忍者の末裔と闘って欲しいと思うくらいに彼女は強い。格闘技をやっていた僕の姉や朝見刑事は、彼女にとって雑魚でしかなかった。きっと追手が来てもすぐに蹴散らしてしまうのだろけれど、その戦闘能力を発揮すれば、すぐに騒ぎになるだろう。いくらベニさんが強くても、警察官が大量に押し寄せてきたら捕まるしかない。


 そんな目立って仕方がないベニさんが、レディースの元総長だったとは。意外性が全くないくらいに、そのままである。あの見た目も戦闘能力も、すべてに説明がつく。


 と、真っ赤な彼女に思いをはせていると、オムライスを食べ終わったワタさんが僕を見つめていた。


「どうかしましたか?」


「いや、忍者の末裔についてだが、現代に忍者がいるのなら、バトルに特化したものではなく、ハッカーやクラッカーみたいなことをしていると思うぞ」


「ワタさんみたいな情報屋ってことですか?」


「ああ、今は情報化社会だからな」


「そうですね。ということは、ワタさんは現代の忍者ということになりますね」


「……かもしれないな」


 そう言ったワタさんはどこか寂しそうな表情をしていた。どうしてそんな表情になるのか、僕にはさっぱりわからなかった。

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