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家出事件 04

 日が落ちるのが早くなった。いつものように、ゆずかちゃんとゲームで遊ぶ未守さんの声を聞きながら夕飯を作っていると、外はすっかり暗くなってしまった。時間的にはそこまで遅くないのだけれど、暗い中、小学生を一人で返すわけにもいかないので、送っていくことにした。


「わざわざ送ってくれなくても一人で帰れるのに」


 会瀬川沿いの道をゆずかちゃんと並んで歩いていると、ゆずかちゃんは家を出る前と同じことを繰り返す。


「危ないよ。それにいつものことだし」


「でも、弟くんは今、みもちゃんと住んでるんでしょ? 前は家に帰るついでって感じだったけどさー」


「ゆずかちゃんを送った後も、アオヰコーポに戻ったりすることはあったよ」


「そうじゃなくて、新婚? だし」


「まだ結婚してないから新婚じゃないよ」


「じゃあ、新婚約?」


「そんな言葉はありません」


「んー、ラブラブなんだからラブラブしてていいよ。わたしは一人でも帰れる」


「ゆずかちゃんがいない間にたくさんラブラブしてるから、お気遣いなく」


 僕がそう言うと「そっか」といって真っ暗な空を見上げるゆずかちゃん。


「ラブラブいいなー」


「ゆうと君とはどうなったの?」


「お友達だよ。たまにデートはするけどね」


「前に言ってたよね、『追いかけるだけの恋より、そばにいて、自分のことを好きでいてくれる人の方がいいのかな』って」


「うん、たしかにゆうとくんと遊ぶのは楽しいよ。けど、今はそれでいいかなって。ほら、わたしまだ胸小さいし」


「胸の大きさの問題なの?」


「胸がふくらんでないってことは、まだ子供ってことだよ。恋人を作るのにはまだ早いってこと。……あ、みもちゃんは大人だからいいよ!?」


 慌てて未守さんのフォローをするゆずかちゃん。ここに未守さんはいないので、いつもみたいに喧嘩にはならないけれど、とっさにフォローするあたり、さすが未守さんの前で何度も胸について語っているだけはある。僕はあの、すとんとした胸元を目の前にしてよくそんなことが言えるものだ、といつも思っている。それはやはり、ゆずかちゃんが失礼な小学生だからこそできることなのだろうか。


「大人になっても小さいままだと、恋人になる人は大変だろうなー。弟くん、大変でしょ?」


「そんなことはないけれど」


「小さい方が好きってこと? ということは……、ちょっとまって、もしかしてわたしのことも好きなの!?」


 素早く胸を手で隠し、僕を見上げるゆずかちゃん。


「いやいや、僕は別に胸の大きさで未守さんを選んだわけではないし、小学生に手を出したりはしないよ」


 ゆずかちゃんは、安心したように「よかった」と言って一歩前に出る。


「胸の大きさじゃないなら、どこを好きになったの?」


「胸の大きさ以外の全部だよ」


 僕の言葉を聞いて、ゆずかちゃんは一度立ち止まってから振り返る。


「ラブラブだ! 今日もデートしてたし、ほんとラブラブだね!」


「今日は報告だったけどね」


 僕はそう言ってゆずかちゃんに追いつき、再び横に並んで歩く。


「デートといえば、弟くんって、お姉ちゃんともデートしてるよね」


「デートではないけれど、この前の祝日に、一緒に紅茶を飲みに行ったよ」


「弟くんはお姉ちゃんのことも好き、ということは……ちょっとまって、もしかして」


 素早く胸を手で隠し、僕を見上げるゆずかちゃん。


「いやいや、桜さんとはただの友達だし、ゆずかちゃんもお友達だよ」


「ほんとに?」


 じとっとした目で僕を見上げるゆずかちゃんに、僕は「うん」と頷く。


「……っていうかさ、お姉ちゃんとデートしてても、みもちゃんは怒らないの?」


「あの人、浮気にはうるさいよ」


「じゃあ、怒られてるんだねー」


 ん? よく考えてみると、桜さんとデートすることに関して、怒られた記憶があまりない。初対面でパンツを見たときは騒がれたし、話題を出すと『うわきだ!』と騒がれるけれど、それだけだ。怒鳴られたり、機嫌が悪くなるわけではない。するな、と言われたこともない。文字通りうるさいだけだ。


「よく考えたら、うるさいだけで、怒られていないのかもしれない」


「みもちゃんは優しいねー」


 さすが私のみもちゃんだ、と頷くゆずかちゃん。そんなゆずかちゃんに僕は気になっていたことを訊くことにする。


「ゆずかちゃんは、いつ未守さんと知り合ったの?」


「ん? 去年の六月くらいだったかなー。どうしたの急に」


「いや、その辺の話って聞いたことなかったな、って思って」


「弟くん、ついに、わたしと王子様の運命の出会いのお話が聞きたくなったんだね!」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……。うん、聞いてみようかな」


「りょぷかいでーす。あのね、あれは一年前の六月、朝は晴れてたんだけど、学校から帰るときにはたくさん雨が降っててね、友達に借りても良かったんだけど、日直の仕事で遅くなっちゃって、しかも仲が良い子ともケンカ中で、だから誰にも借りれなくて、雨の中、一人で帰ってたの。そしたら、車に水かけられるし、こけちゃうし、もうドロドロで、泣きそうになって、そしたらいきなり目の前に人が現れて傘を差しだしてくれたの」


「それが――」


「そう、王子様だよ、本当にかっこ良かった」


 まるで少女漫画のような登場の仕方である。自分の姉がそんなにかっこいいことを小学生相手にしていたなんて。しかし、これでゆずかちゃんがどうして僕の姉を王子様と呼んでいるかはわかった。


「それで、車で送ってくれることになって、いろいろ話したの。友達とケンカしたこととか。そしたら『いい人がいるから紹介する』って言われて、それで外国のお姉ちゃん、みもちゃんと会って、みもちゃんに協力してもらって、友達とは仲直りできたんだよ」


 ゆずかちゃんの話だと僕の姉はピンチに現れた親切な人で、未守さんはその友達、という感じだけれど、これが姉ではなくおじさんだったらどうだろうか? 下手をすると警察に通報されかねない案件である。面識のない小学生を車に乗せ、家に友人の家に連れ込む。僕の姉はどうしてそんなことをしたのだろうか? 困っている小学生を助けたかったから? いや、姉の恋愛対象は同性なので、案外、ゆずかちゃんが可愛かったからというのが真相かもしれない。


「じゃあ、ゆずかちゃんのピンチに、たまたま僕の姉が現れて、そのおかげで、ゆずかちゃんは未守さんと知り合ったんだね」


「それがね、王子様はわたしのこと探してたみたい」


「探してた?」


「傘を差しだしてくれたときにね、『みつけた』って言ってたから」


「どうして?」


「わからない。でも、鍵をもらったときに、王子様は『連れてきてよかった』って言ってたよ」


 つまり、たまたま知り合ったのではなく、姉がゆずかちゃんを探し、意図的に助け、知り合ったということだ。そして、合鍵に関しての発言から、僕の姉は初めから、ゆずかちゃんと未守さんを会わせるために探していた、ということである。


 ……ん? 合鍵をもらったときに姉がその場にいた? ゆずかちゃんが姉や未守さんと知り合ったのが六月。姉が僕に未守さんを託して留学したのが八月。その時点でゆずかちゃんはまだ未守さんを『外国のお姉ちゃん』と呼んでいて、そこまで仲が良いわけではなかったはずだ。仲良くなってから鍵をもらったのなら、姉はその場にいないはずである。


「その鍵をもらったのっていつ?」


「初めて会った日だよ」


 初対面だった。知らない女子大生にホイホイついていくゆずかちゃんもおかしいが、いきなり部屋にやってきた知らない小学生に合鍵を渡す未守さんもおかしい。だが、このパターンを僕は知っている。僕の時と同じなのだ。僕も姉にいきなり連れてこられ、未守さんはその日に僕が使えるかどうかを判断し、『こいびと』にした。


 つまり、姉は何らかの理由でゆずかちゃんを探し、タイミングよく声をかけて連れ去り、未守さんに会わせた。そして、未守さんはその日のうちにゆずかちゃんを認め、合鍵を渡した、ということである。

でもどうして、ゆずかちゃんだったのだろうか。わざわざゆずかちゃんを探しているので、小学生なら誰でもよかったわけではなさそうである。その辺の理由は姉や未守さんに訊けばいいだけのことなのだろうけど、結果的に二人は仲が良いし、ゆずかちゃんが瓜丘さんに何かされることもなかったので、今となっては何も問題はない。


 そんなこと考えながら歩いていると、並木家の近くまで来ていた。ちょうど、ゆずかちゃんのお母さん(もちろん桜さんのお母さんでもある)が家の前を箒で掃いている。


「お母さん、ただいま!」


 お母さんに駆け寄っていくゆずかちゃん。お母さんはゆずかちゃんの頭を軽く撫でてから、僕にお辞儀をする。


「いつもありがとう」


「いえ、遅くまですみません」


 ゆずかちゃんのお母さんは若い。桜さんの母親でもあるので、二十代ということはないのだけれど、桜さんを少し大人にした感じの見た目だ。一体、何歳の時の子供なのだろうか。


 そんなお母さんとは、今日みたいにゆずかちゃんを送ってきたときや、桜さんを送ってきたときに、何回か会っているけれど、ちゃんと話したことはないし、家に入ったこともない。いつも挨拶をするだけだ。

 この前の桜さんの話によると、この人は他人に家の中を見られるのを嫌っている。なので、僕が家の中にお邪魔することは今までもこれからもない。

 僕自身が嫌われていないのならそれでいい。娘二人をたまに送ってくる僕のことを、本当はどう思っているのかは定かではないのだけれど。


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