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家出事件 03

 葵先生によろしくお願いされて、未守さんと一緒にあおい園の子たちと遊んで、一緒にお昼ご飯とケーキを食べ、僕らは無事に、婚約の報告を終えた。未守さんが突然報告に行くと言い出したときは驚いたけれど、きっと僕がさっちゃんのことを思い出した今だからこそ、行こうと言ってくれたのだろう。おかげでさっちゃんにお礼を言うこともできたし、葵先生から未守さんの話も聞けた。


 そんな帰り道、アオヰコーポの二〇三号室へ続く外階段を僕と未守さんはぴったりと寄り添いながら上っている。もちろん手も繋いでいる。


「ねえねえ、ワシは今、足がかゆいんだよ。なんでだと思う? ……うん、そうだよ。かゆいからだよ」


 僕は何も言っていないのに、自己完結する未守さん。


「こんどニンジャの映画があるんだよ。一緒に行く? ……うん、いいよ」


 これまた僕は何も言っていないのに、映画に行くことが決定してしまった。というか、まるで電話で話しているかのような台詞である。もちろん未守さんは電話などしてない。


「未守さん、ちゃんと会話しましょうよ」


「してるよ! ワシとデートしたくないの?」


「……したいですけど」


「なら、けってー」


 そう言って、未守さんは僕の手を離し、「すたこらさっさー」と、走り出す。ちょうど階段を上りきっていたので、廊下を走れば我が家だ。


「あ、未守さん、鍵――」


 僕がポケットから鍵を取り出しながら、未守さんを追いかけようとしたとき、未守さんは普通にドアを開け、二〇三号室の中へ入ってしまった。未守さんが自分の鍵で素早く開けたとかではなく、単に鍵がかかっていなかったのだ。


 ……あれ? 僕は今朝、部屋を出るとき、ちゃんと鍵を閉めたはずだ。どうして開いていたんだ?


 そう思いながら、僕も部屋に入り、靴を脱ぎ、廊下を歩いてリビングへ入ると、そこには床でクマのぬいぐるみたちと一緒に寝転がる未守さん以外に、座ってテレビゲームをしている人物がいた。


「あ、弟君もおかかー」


 淡い水色のトレーナーに白いフリルのスカート、そしてお馴染みのツインテール。そう、未守さんのゲーム友達にして桜さんの妹、なみきゆずかちゃんである。


「ゆずかちゃん、どうやって入ったの?」


「普通に鍵開けて入ったよ。ところで、二人はデートしてたの?」


「そうでござるよー。あおい園に婚約のほうこくー」


「ついに報告いったんだ。どうだった?」


「オッケーでござる!」


「よかったねー」


 嬉しそうに微笑み、ゲームを続けるゆずかちゃん。


「ちょっと待って、ゆずかちゃん、鍵持ってるの?」


 ゆずかちゃんがテレビから目線を外さず頷く。


「いつから?」


「一年くらい前からだよ。みもちゃんがいつでも来ていいよってくれたんだよねー」


「うむ、あげた! たくさんあげた! ワシのフェロモンと同じくらい!」


「一個しかもらってないし、みもちゃんのフェロモンと同じだけだったらゼロ個だよ」


「はあ!? ゼロフェロモンのゆずりんには言われたくない! ゼロモン!」


「わたしは小学生だからゼロモンでいいの。みもちゃんは大人でしょ」


「大人だからいっぱいある!」


「大人なのにゼロ」


「そんなことないもん! あるよね? ワシの愛しの恋人よ」


「僕にだけ効くものなら、たくさん出てますよ」


「ほら! 見たか、恋人パワー!」


「すごい、さすが婚約者だね」


 うんうん、とゲームをしながら頷くゆずかちゃん。ちょっとは納得したみたいである。


 いや、そんなことより、ゆずかちゃんはここの鍵を持っているという事実が判明した。それも一年も前から。今まで未守さんが引きこもっていたので、気づかなかったけれど、ゆずかちゃんは僕が中から鍵をかけていても、何事もなく入ってきていた気がする。合鍵を持っていたという事実は、今まで唐突に現れていたという謎に対しての答えになる。


「あ、みもちゃん、このモンスター狩るの手伝って」


「りょぷかいでーす」


 そう言って起き上がり、コントローラーを手に取る未守さん。さっきまであおい園の子供たちと遊んでいたのに、帰ってきてもゆずかちゃんの相手をするこの人は、本当に子供が好きなのだろう。本人が子供っぽいというのもあって気が合うのかもしれないけれど。


 そして、ゆずかちゃんとは特に仲が良い。いつもよくじゃれているし、相談屋の頃からゆずかちゃんは例外だった。大抵の客人の前ではクマの山に体を埋めた生首状態で対応していた未守さん。しかし、ゆずかちゃんと朝見刑事の前では、クマで体を隠すことなく、いつも普通に接していた。朝見刑事は黒の探偵時代からの知り合いだから例外だったのはわかるけれど、ゆずかちゃんは違う。僕が初めてここを訪れた去年の夏のあの日、ゆずかちゃんは未守さんのことを『外国のお姉ちゃん』と呼んでいた。ゆずかちゃんは、相談屋の活動を始めてからの知り合いで、相談屋の常連客だ。では、なぜ例外だったのだろう。


 仲が良いから?

 仲が良いから合鍵も渡したのだろか?


 しかし、髪を染め、目の色も変え、部屋に引きこもっていたのは、瓜丘さんに見つからない為にやっていたことだ。客人の前で姿を隠していたのもそうだ。そして、それは命にかかわる問題だったはずだ。単に仲が良いから、では済まされないような気がする。それに、未守さんと仲が良い人間は、瓜丘さんのターゲットになる。それをわかっていてわざわざ小学生を巻き込むだろうか?

ちなみに僕に関しては理由がある。それは、僕の姉の代わりに未守さんの世話をする人が必要だったからだ。だから僕は合鍵を持っていたし、普通に接していた。しかし、それは元々期間限定で、危ない目に合わない様に姉が配慮してくれていた。まあ、結果的には僕は自ら進んで危険なことに首を突っ込んでいったのだけれど。

 ということは、ゆずかちゃんも期間限定だったということだろうか? いや、世話役が必要なのはわかるけれど、ただの小学生が必要かどうかはわからない。


 ……わからない。


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