縦笛事件 12
赤レンガの怪しい建物、アオヰコーポの二○三号室の扉を開けると、神森さんが「おかかー」と言いながら飛びついてきた。
「ぎゅううううう」
そしてなぜか抱きしめられる。金髪の美女に抱きしめられているとういなんとも幸せな展開である。なぜ抱きしめられているかは不明である。
「ちゃんとできたんだね。えらい、えらい」
頭も撫でられ、褒められた。これは照れる。
けれどこの人、本当に胸がない。抱きしめられているの柔らかい感触がない。これは姉に揉んでもらって大きくしてもらった方がいいのではないか? 神森さんの操は完全に姉に奪われてしまうのだろうけど。しかし犠牲を払ってでも手に入れなければならないものが世の中にはある。けれど、そんなことはどうだっていい。
僕は少し前から思っていたことを口にする。
「初めから飼い主捜しだと言わなかったのは、僕を試していたからですか?」
「そうだよ、あるたろうのかわりはたいへんだもん。こいびとだもん」
「姉もはじめからぐるだったと?」
「ぐる? ちがうよ。あるたろがあるじろ連れてきて、オラウータンの話して帰ったから」
「じゃあ、不思議な力あるんですか?」
「あるよー。魔女っ娘だもん」
魔女っ娘というのは置いておくとして、今回の一件は、姉が留学中の自分の代り(世話役で助手)として僕を連れてきた。それを知った神森さんは姉に頼むはずの依頼を使って僕を試した。ということだったらしい。
姉も姉だが、神森さんも神森さんだ。ちゃんと説明もせず置き去りにしたり、何の前触れもなく人を試すなんて。ただ、見事な連係プレーというか、以心伝心である。姉は神森さんを信じて僕を置いていき、神森さんはたったあれだけやりとりだけで理解し、僕の採用試験まで行ったのだから。
「あるじろーはしすこんこんー」
「違います」
「でも、ごうかく! こいびとにしてあげる」
「ありがとうございます」
「わーい! こいびと二人だー。ふたまたー。しかも姉弟! きゃ。なに?」
僕は彼女を抱きしめ返した。恋人ならば、そうするのが普通なのだろう。
本当にわかっていて恋人と言っているわけがない。こんな堂々とした二俣なんてただの冗談である。けれど、冗談ではないのだ。ただただ、わかっていないだけ。僕と神森さんは同じなのだから。
こうして、僕は神森未守さんの『こいびと』になった。