確認事件 04
未守さんはどう思うのだろうか。自らの死で僕らを守ってくれたさっちゃんは、未守さんがいた施設、あおい園の子で、未守さんや瓜丘さんの妹分だった。その事実を知ったときはまさか自分との殺し合いの末、僕の腕の中で死んだなんて思っていなかったのだけれど、今回、それが判明した。僕自身はそのことについて特に何も思わないというのが事実なのだけれど、未守さんはどうなのだろうか。感情がわからない頃ならともかく、感情を得た今、どう思うのだろう。僕は、未守さんや瓜丘さんが必死に探して、助けられなかった子を、死なせてしまった張本人だったのだから。
「或江君、どうかしましたか?」
僕のベッドの隣の椅子に腰かけた桜さんが心配そうに見つめてくる。
桜さんは僕が倒れたことを知っていち早く駆けつけてきてくれたうちの一人だ。昨日はバタバタしていて面会する時間が少なかったので、今日、改めて来てくれた。タイミングとしてはワタさん達と入れ替わる感じだ。
「いえ、未守さんについて少し考えていました」
「そうですか。何があったかは知りませんが、どうして或江君は黒の探偵さんに会わないんですか? 或江君が運ばれてきてからずっと病院にいるみたいですけど」
「過去の事を思い出したんです。なくしていた記憶を、僕がやってきたことすべてを。その中に未守さんが知ったらどう思うのかわからないものがあって、というか、とんでもないことをしてしまっていて、未守さんにどう接するのが正しいのか判断しかねているからです」
「或江君は、本当に黒の探偵さんの助手で、恋人で、婚約者なんですか?」
「はい? 一応僕はそのつもりですけど」
「なら、どう接するべきかなんてつまらないことを言わないでください」
「つまらないことではないですよ」
「つまらないですよ。……いい機会なのでお話しします。私が初めて黒の探偵さんに会った時の話を」
「確か桜さんが黒の探偵に憧れるきっかけになった話ですよね」
「早計です」
桜さんは中折れ帽に手を当てる。
「確かに、あの事件をきっかけに私は探偵を目指すようになりました。でも、これは家族の話です」
そう言って、桜さんは語り始めた。
「或江君は私の家に来たことがあると思いますが、住宅街にある普通の一軒家で、住んでいるのは両親と私と柚香の四人です。三年前、その家に空き巣が入りました。母は専業主婦なので、いつも家にいました。柚香も小さかったですし。なのに、空き巣に入られました。本当にびっくりしました」
「たまたま家にいない時間を狙われたとかですか?」
「はい、母が柚香を連れて買いものに出かけた三十分の間に、まとまった現金と預金通帳、印鑑を盗まれました。家の中は窓が割られていた以外、荒らされた様子はありませんでした」
「たまたま出かけている間に空き巣に入られ、しかも犯人は的確に貴重品だけを盗み出したということですか?」
「そういうことになります。警察に届け出た時も、身内の犯行を疑われました。出かけたタイミングを見計らった犯行、貴重品の場所を知っていたこと、そして家が特別大きいわけでも資産がたくさんあるわけでもないのに狙われたことなどから、怨恨などの理由で身内が犯行に及んだのではないか、ということでした。けれど、その可能性は低かったんです」
「どうしてですか?」
「うちが四人家族なのは言いましたよね? 犯行当時、私は学校にいましたし、父は職場でした。私の両親には兄弟はいません。父方の祖父母は遠くに住んでいますし、母方の祖父母に関してはどこにいるのかもわかりません。母も長い間会っていないんです」
「会っていない?」
「はい、うちの母は若い頃、家出をしてこの街に出てきました。それ以来会っていないんです。父と結婚して私が産まれたとき、一度帰ったみたいなんですが、実家があった場所は空き地になっていて、どこに引っ越したかもわからなかったそうです。なので、私は母方の祖父母に会ったことがありません」
「そういうことですか。じゃあ、親族以外の親しい人の犯行だったと」
「それもあり得ないんです。うちは家に客人を招くことをしません。母が他人に家の中を見られるのを嫌っているんです。なので、私も柚香も友達を家に呼んだことがないですし、父の親しい友人も家の中に入ったことがありません。来客があっても、基本的に母は用事をすべて玄関先で済ませます。水道や電気などの業者さんという例外もありますが、そんな人に貴重品の場所を教えたりしません」
「つまり、誰も並木家の貴重品を盗むことができないようになっていた。けれど、盗まれてしまった」
「そうです。私たち家族は混乱しました。警察の方々も頭をひねっていました。ちなみに、カメラや盗聴器などはありませんでした。なので、犯人がそれらを使って出かけるタイミングや貴重品の置き場所を知ったという可能性もありません。気持ち悪い事件ですよね。或江君は分からず屋なのでそうは思わないでしょうけど。当時、私はすごく気持ち悪い事件だと思いました」
「気持ち悪いということは理解できますよ。つまり、捜査が行き詰ったんですね。だから桜さんかご家族が未守さん、黒の探偵に依頼を――」
「それは違います。お金が盗まれてしまっているので、そんな余裕はありませんでした」
「え? じゃあ、警察が捜査協力を?」
「それも違います。確かに警察の方々は捜査に行き詰っていましたが、ただの窃盗で黒の探偵に協力を依頼なんてしません」
「え? でも、この事件で桜さんは黒の探偵に助けてもらったんですよね?」
「はい。助けられ、そして憧れるようになりました。黒の探偵さんは突然、私の目の前に現れました」
「突然?」
「学校から帰ってきたら、家の前に黒の中折れ帽を被った文月高校の制服を着た女の人が立っていました。黒の探偵さんですね。彼女は私に名前を訊き、私が答えると、何も言わずに手紙を差し出しました。私はなんだろうと、思いながらもそれを受け取り、『あなたは誰ですか?』と言いました。すると、『名探偵だよ』とだけ言って、彼女は去りました。これが私と黒の探偵さんとの出会いでした」
「未守さんからの手紙には何と?」
「内容は、事件の真相、犯人の名前と写真が入っていました。そして最後に『ちゃんと確認するように』と手書きで書かれていました」
「犯人は誰だったんですか?」
「結論から言うと、父の弟、つまり、私の叔父でした」
「でもさっき、ご両親に.兄弟はいないって」
「隠し子だったんです。彼の存在は誰も知りませんでした。祖父ですら知らなかったそうです。そして彼は大人になってから本当の父の存在を知り、自分に兄がいることを知りました」
「でも、どうして空き巣を?」
「彼には多額の借金がありました。それで、私の父に近づいたそうです。父は彼の存在を隠していたんです。自分の父ですら知らない事実を明らかにすれば、家族は混乱する。それを避けたんです。何度もお金を要求され、その度に断っていたらしいんです。黒の探偵さんの言う通りに父に確認したら、すべてを話してくれました。」
「ということは、いつになってもお金が手に入らないから、盗みに入ったんですね。でも、桜さんの家族が家にいない時間や貴重品の場所はどうやって知ったんですか?」
「貴重品の場所については、父から聞き出したそうです。父はお酒が弱いので、それを利用したみたいです。母が家を留守にした隙に家に入れたことについては、ずっと私の家が見える場所から観察して、留守になるタイミングをずっと待っていたそうです」
「そういうことだったんですね」
「彼は逮捕され、私は黒の探偵さんに憧れました」
「誰にも犯行不可能と思われた空き巣の犯人は、桜さんの叔父さんだった。まさに家族のお話ということですね」
「はい。どうして黒の探偵さんが、私達家族を助けてくれたかは未だに謎なんですけどね」
「それに関しては、やはり誰かが依頼したんじゃないでしょうか? 未守さんは依頼がなければ動かない人なので」
「……ですよね。というわけで、私の家族の話は終わりです。或江君が過去に何をしたかはわかりませんが、黒の探偵さんなら大丈夫です」
そう言って桜さんは僕を見つめ、軽く微笑む。
「あの人はなんでもわかってしまう探偵さんですから」