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確認事件 02 九月十六日 火曜日

 昨日、目が覚めて茶古先生と話した後、両親がお見舞いに来てくれた。もういろいろと慣れっこというか、吹っ切れている様子だった。僕は今年に入って三回目の入院だし、夏には姉も入院していた。今の僕は婚約して未守さんと同棲中なので、家を出た身だけれど、相変わらず迷惑かけっぱなしである。


 目覚めたのが昨日の朝、両親が来たのはその日の昼間、そしてその後、茶古先生に今の状態を調べてもらった。


 調べた結果、僕の今の状態が明らかになった。結論から言うと、愛以外の感情はわからないまま、感情があるふりをしている、分からず屋のままの状態。ただ、記憶が戻っただけ。茶古先生はそう結論付けた。


 未守さんが愛を知り、そこから芋づる式に他の感情を知ったように、僕もそうなるのだろうと思っていたけれど、それは間違いだったらしい。夏以降、実際に僕が感じていたとおり、未守さんへの愛以外は分からず屋のまま、ということである。

 そして、七年前の記憶が戻ったことによって、感情を取り戻したというわけでもなかった。僕は今まで通り、知識によって感情があるふりをしている分からず屋。本当は何もわかっていない分からず屋のままだ。


 しかし、茶古先生は感情があるふりが上手くなりすぎている、とも言っていた。正直なところ、今回の結論も、以前と同じ結果だったから、というものらしい。


 だいたい、未守さんだって本当に感情を知ったのか怪しい。あの人は今までずっと診察を拒んできた。それは幼い頃からずっと続いていることらしい。感情がわからないことや、なんでもわかってしまう能力について、茶古先生をはじめ多くの医者が未守さんに興味を抱いてきた。けれど、彼女が頑なに拒絶するので、本当のところ、彼女に感情があるのかないのか、なんでもわかってしまうのはなぜなのか、何も証明されていない。ただ、事実として彼女に関わった人間がそう証言してきたに過ぎない。もしかしたら僕と同じように、知った感情が限定的なものなのかもしれない。とにかく、彼女はこれからも診察を拒むと思われるので、真相は闇の中だ。けれど、彼女を見てきた僕が彼女の微妙な変化に気付いているのも事実である。


 そして、僕は壊れたままだ。七年前の河部ハーメルン以前の記憶を取り戻したけれど、鮮明に思い出しはしたけれど、それだけのことだ。記憶の中での僕にはちゃんと感情があったけれど、今ではそう感じていたという記憶に過ぎない。楽しかった、悲しかった、好きだった、そういう過去形のもので、今の僕にはそれを感じることはできない。


 事件に関しても、あまりにも残酷で悲惨な事件の真相も、頭ではそう理解できても、正直、何も思わない。今の僕にとっては、ただの事実に過ぎない。知らない男たちに連れ去られ、多くの子供たちと一緒に監禁され、食事も与えられず、挙句の果てに仲良くなったその子たちと殺し合うことになったのも、ただの事実だ。

 そう、僕がさっちゃんに殺されることを選んだのも、あーちゃんやみんなを守るために当時の僕が必死になって考えたことだけれど、今の僕はただ、死を選んだとしか思わない。さっちゃんが目の前で自ら死を選んだことも、実際に刺したのは僕自身の手であったのだけれど、今の僕はただ刺した、死んだとしか思わない。毎日毎日殺し合いと死体を眺め、仲が良かった子と死のやり取りをし、結果、彼女の意思とは言え、僕自身の手で殺したことが、とんでもないことだというのはわかるのだけれど、それだけだ。


 どおりで久美島でバラバラの遺体を見ても何とも思わないわけである。死体なら山ほど見てきた、自分の手で死なせてしまったこともある。そして、僕はさっちゃんが目の前で死んだ瞬間から、壊れた。死んださっちゃんを見ても何とも思わなかったのを、覚えている。


 もちろん、事件の真相について茶古先生には何も言わなかった。訊かれても、監禁されていたことと、死体を見たことしか言わなかった。あーちゃんが後から何も言わなかったように、僕もそれに従った。茶古先生には悪いけれど、こればっかりは仕方がない。今更掘り起こしたところで、犯人達は全員獄中で死んでいるし、生き残っている子も、まともに話せなのがほとんどだ。話したところで何も変わらない。悲しむ人が増えるだけだろう。


 ちなみに、子供たちが殺し合ったにもかかわらず、犯人達が殺したことになっているのには、花桃さんが何も言わなかった以外に、もう一つ大きな理由がある。それは犯人達が自殺する前に監禁し、殺したことを認めているからだ。なぜ、そのような嘘をつき、挙句の果てに自殺したのか、そもそもあの監禁は何の目的で行われたのか、それらはすべて闇の中である。


 事件以外の記憶については、茶古先生の質問に正直に答えた。その結果、記憶だけが戻り、感情は未守さんへの愛以外はない。そういう結論が出たのである。


「愛は確かなものさ」


 茶古先生はベッドの隣の椅子に座り、そう言った。


「はい。たとえ世界中が敵になっても、僕が未守さんの味方になります」


「そんなことはないだろうけどね」


「たとえばの話ですよ」


「うん、わかってるよ。あるさんは冗談でそういうこと言える子じゃないからね。本気でそう思ってるから言えたんだと思うよ」


「ありがとうございます」


 僕は茶古先生に頭を下げた。

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