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確認事件 01 九月十五日 月曜日

「あるさん、おはよう」


 目が覚めるとベッドの横に見慣れたポニーテールに眼鏡の女性が座っていた。今日も白衣ではなく白のシャツを羽織っている。


茶古ちゃこ先生、おはようございます。ということは、ここは……」


「病院だよ。あるさんは昨日、学校で倒れて、ここに運び込まれてきたんさ。それで、今まで寝てた」


 そういうことか。倒れて入院するなんてことは予定していなかったけれど、今日は祝日で、明日は文化祭の振替休日。ということで授業はない。この二日間は、後片付けが残っているクラスや部活だけが登校する、自由登校の日とも言える。学校に行く必要はない。


「何があったの?」


 茶古先生はポニーテールを揺らし、僕の顔を覗き込む。


「ちょっと過去のことを思いだしたので、それで意識を失ってしまったみたいです」


「過去って、河部ハーメルンより前の?」


「はい。全て思い出しました。鮮明に」


「事件のことも?」


「はい。思い出しましたよ」


 僕がそう言うと、茶古先生はより顔を近づけてくる。


「じゃあ、感情も、戻った? わかる?」


「それがよくわからないんですよね。事件以降に新たに人格を形成したので、記憶が戻れば性格や人格も元に戻るような気がしていたんですけど、僕自身、変わったという認識はありません。茶古先生は僕が変わったと思いますか?」


 顔を引っ込め、元の位置に戻る茶古先生。そして、真顔で僕を見つめる。


「いつものあるさんだよ。記憶や感情が戻ったとは思えない」


「そうですか」


「調べてみるしかなさそうだね。ところで、何がきっかけで記憶が戻ったの?」


花桃かとうさん、いえ、あーちゃんに会って、当時のことを話してもらいました。そしたら思い出したんです。……ここには誰が運んでくれたんですか?」


「救急車を呼んだのは情報屋の子だよ。ちょっと待って、あーちゃんって」


天宮あまみや雨美あまみですよ」


 『あーちゃん』というあだ名は、名前にも苗字にも『あ』がついているからという理由で僕がつけたものだ。


 名前を聞いて、茶古先生は「何を言ってるの?」と言わんばかりの表情になった。


「あるさん、雨美ちゃんは死んでるよ?」


「はい、知っています。事件の後、あーちゃんは引っ越して、三年後にご両親が事故死、その一年後にそれを追う形で――」


「雨美ちゃんは自殺した。あるさんが会ったのは、ほんとに雨美ちゃんだったの?」


「はい、今は花桃結花という名前です」


「北海道で有名になった占い師の?」


「はい。保護者は霧谷きりたに聖悟せいごさんというお医者さんです」


「今、霧谷って言った?」


「言いました」


「霧谷と私は大学の同級生なんさ。愛想のないやつで、あんまり話したことはないけどね。でも、医者になった後、私とあいつは学会でいつもセット扱いされてた」


「セット? どうしてですか?」


「河部ハーメルンの生き残りを学校に行けるまで立ち直らせたことで有名になったからね」


「でも、生き残りは僕ら以外にもいますよね? 二十三人が拉致監禁されて、十人が死んだ後に事件が解決したので、十三人いたはずです」


「そう、助け出されたのは十三人。そのうち五人は事件のすぐ後に自殺、人格が破綻して未だに会話もできないのが五人、一人は今も眠っている」


「それって……」


「そうだよ。事件後、まともに会話できたのはあるさんと雨美ちゃんの二人だけだったんさ。二人とも会話はできても精神的に病んでいたし、あるさんに至っては記憶も感情もなくなっていた」


「それを回復させたのが茶古先生と霧谷さんだったんですね」


「うん、それで私とあいつは有名になって、学会ではセット扱いされてたわけ。けど、雨美ちゃんが死んで、事件後に自殺したのが五人から六人になった。その後、あいつは病院からも学会からも姿を消したんさ」


「あーちゃんが自殺し、霧谷さんが姿を消したのは、事件の四年後、つまり三年前ということですよね?」


「うん、そうだよ」


「桃色の占い師が活動を始めたのもちょうどその頃だったと思います」


「タイミングはばっちりだね」


「ええ。そして霧谷さんは花桃結花という占い師の保護者兼主治医として、僕の前に現れたというわけです」


「霧谷が保護者ってことは、その占い師が雨美ちゃんっていう可能性は高いか……」


「それは保証します。僕のことを『あっくん』と呼ぶのはあーちゃんだけですし、僕達しか知らない事実を知っていました。それのおかげで僕の記憶も戻ったんですから」


「そっか、あるさんがそう言うなら間違いないね」


「顏だって昔の面影が残っていますよ」


「……そっか。つまり、雨美ちゃんは自殺したけど実は死んでなくて、もしくは自殺したと見せかけて、その後、北海道へ行って花桃結花って名前で占い師を始めたってことか」


「そういうことになります」


「まさか、北海道にいたとはね」


「茶古先生は北海道の出身ですもんね」


「え? 私あるさんに地元の話したことあったっけ?」


「茶古先生の話し方は、なまりが残ってるので、そこから推察しました」


「え? 私なまってる?」


「はい。ほとんど標準語ですけどね」


「気を付けてるつもりなんだけど、まだ残ってたのね」


「ですね」


「……話を戻すけど、どうして? どうして死んだことにする必要があったの?」


「詳しいことはわかりません。いろいろあったから、とは言っていましたけど。ただ、花桃さんは未守さんのように何でもわかってしまうんです。その能力で占い師として有名になりました。そんな能力があったら有名になることぐらい誰でもわかります。そして、有名になると、その人の出自も注目されるのは必然です」


「あの事件の、河部ハーメルンの被害者であることを隠したかったってこと? ……ちょっと待って、雨美ちゃんとあるさんは精神科医の間ではすでに有名人なんさ、回復した生き残りとして。そんな子が特殊な能力を身に付けたら、もっと話題になる」


「もしかしたらそれを避けるためだったのかもしれません」


「もしかして、事件と能力は関係してるんじゃ……」


「それは飛躍し過ぎじゃないですか? 現に僕はなんの能力もありません」


「それもそうだね。今は雨美ちゃん、いや結花ちゃんのことより、あるさんの方が大事さ。ちゃんと調べよう」


「お願いします」

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