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炎上事件 20

 放火事件の真相について、警察にはどのように知らせているのか、それらを幸恵さんと未守さんから聞いた僕は、校門である人を待ち伏せていた。なぜならば、僕は彼女に訊いてみたいことがあったからだ。


 待ち人はキャスケット帽を深くかぶって、足早にこちらに向かってきた。今から警察へ行くのだろう。僕は前に出て、彼女の行く手を阻む。


「こんにちは」


「あなたは探偵の助手の……」


「国町さん、あなたが犯人だったんですね」


「何を言ってるんですか?」


「まんまと騙されましたよ」


「だから、何を言ってるんですか? 私が犯人? 私は被害者です」


「夕波さんは犯人じゃない。あなたや石丸さんを恨んだりもしていない。ただ、お兄さんの気持ちをあなたに伝えたかっただけだ。優成さんはあなた達ともう一度、家に帰りたかったんですよ」


「もういいです。私はこれから警察に行って保護してもらうので」


 前に立ちふさがる僕をよけて前に進もうとする国町さん。しかし、僕は再び彼女の前に立つ。


「証拠があります」


「……証拠?」


 僕はポケットから未守さんのケータイを取り出し、映像を再生する。

 七件目の放火、僕が見た須加原での放火事件の際、未守さんと幸恵さんは須加原にある、すべてのゴミ捨て場と空き家の前に監視カメラを仕掛けていたのだ。なので、この動画には火をつける国町さんの姿がばっちり映っている。


「これは明らかにあなただ」


「……」


「それに、警察に行っても無駄ですよ。国町佳世が警察に来たら、その人が犯人なので捕まえておいてほしい、と伝えてあるそうです。もちろん、この動画と一緒に」


 僕の言葉に、国町さんは乾いた笑いをこぼす。


「国町さん?」


「私はうんざりしてたのよ」


 言ってから、国町さんは別人のような表情で再び口を開く。


「バンドなんてただのお遊びで、私は楽しくやれればなんだってよかったのよ。それが、優成がバンドをまたやろうって言ってきて、だったら勝負しようって私が言ったの。つまり、私が殺したの」


 国町さんは天を仰ぐ。


「怪我くらいで済むと思ったら死んじゃうんだもん。そしたら建次が引きこもりになるし散々だった。なんとか説得して謝りに行ったけど。建次はまた『俺のせいだ』って言って、うざいから火をつけたの。そしたら良く燃えて、死んじゃった」


 ふふふ、と笑って僕を見つめる国町さん。


「でも、私は捕まりたくなかった。まだまだ人生これからだし。建次が死んだ後、警察に事情聴取されたけど、アリバイ工作もたまたまうまくいって、捕まることはなかった。でも、それだけじゃ安心できない。で、思いついたわけ、私が助かる方法をね。そして、私は放火を繰り返した。連続放火にして、メッセージ性を持たせた。そして、自分で新聞の切り抜きを自分自身に送り付けて、被害者を装うことにした。完璧でしょ? あなたも騙されたしね」


「はい、騙されました」


「ここに来たのはね、あの子に呼ばれたから。ライブを見てほしいって言われたから。本当は嫌だったんだけどね、ちょうどいいと思ったのよ。警察に行く前に、あの子を犯人にする前に、最後に顔を見ておくのに……」


 国町さんはうつむく。


「でも……もう終わりってことね」


 そう言った国町さんの声には、先ほどまでこもっていた力が抜けていた。

 僕はそんな彼女に、訊いてみたかったことを訊ねる。


「夕波さんのライブ、どうでしたか?」


「最悪だったわ」


「そうですか」


 僕がそう言って道をあけると、国町さんは学校から出て行った。逃げるつもりかもしれない。でも、僕の役目はここまでだ。門の外には朝見刑事をはじめとする警察の方々が待機しているらしい。なんでも校内に入ると騒ぎになる可能性があるためだとか。というわけで、国町さんは初めから学校を出ればすぐに逮捕される。


『家に帰れなくなった人』


 その家は本当の家ではなく、きっと優成さんと石丸さんがいる場所ということだったのだろう。国町さんは自らその家を壊し、彷徨っていたのだ。そして、彼女は二度とその家に帰ることはない。


「ある、よくやったでござる!」


「弟君、格好良かったよ」


 どこかに隠れて僕を見ていた未守さんと幸恵さんがやってきた。


「いえ、僕は訊きたいことがあっただけで、探偵が犯人を追い詰める、みたいなことをするつもりはなかったんですが」


「ワシが頼んだんだからいいの!」


「でもやっぱり、探偵は僕じゃなくて未守さんですし」


「かっこよかったからいいの!」


 そう言いながら僕の頭を撫でる未守さん。


「なでこ、なでこ」


「ありがとうございます」


 と、二人でいちゃついていると、幸恵さんが手を叩く。


「これで一仕事終わったわけだし、私達はもう帰るね。弟君は後片付け頑張って」


 そう言って、幸恵さんは未守さんを連れて仲良く二人で帰っていった。

 僕は校舎に向かって歩く。その途中に、国町さんの姿を探す夕波さんの姿があった。


「国町さんは警察に逮捕されました。夕波さんも事情聴取はされるでしょうけど、きっと明日以降です」


「そう」


「どうして水曜日の夜、放火現場にいたんですか?」


「報道を見て、犯人が誰かすぐにわかった。それに、次に『す』がくるだろうと思ったから、早めに火を消しておこうと思って」


「そうですか。ライブ、良かったですよ」


 夕波さんは闘っていたのだ。放火犯に立ち向かった。ギターで。だから、新学期に入ってからバンドを結成し、お兄さんの曲を完成させ、国町さんにライブに来るように言った。歌で、国町さんに伝えたいことがあったから。


 そして、未守さんが『やりたいようにやらせてあげることにした』と言っていたのは、放火犯のことではなく、夕波さんのことである。夕波さんが音楽で犯人を止めようとしていた事実を知った未守さんは学園祭まで待つことにした、ということだったらしい。まさかそのライブに自分が出るとは思っていなかったらしいけれど。未守さんはなんでもわかるけれど、未来のことはわからない。一方、花桃さんは未来まで見越したうえで行動していた。未守さんと花桃さん、似たような力を持つ二人が今回はたまたま、夕波さんのライブを成功させるという同じ目的のために動いた。商売敵になるかもしれないと思っていたけれど、案外そんなこともないのかもしれない。


 最後に、幸恵さんが今回黒の探偵に依頼をした理由。夕波さんは幸恵さんの店の常連客で、幸恵さんは、夕波さんとゆうと君の様子がおかしいことに気付き、話を聞いたそうだ。夕波さんは何も言わなかったけれど、雑談で出てきた放火事件に変なリアクションを取ったそうだ。幸恵さんはそのことがひっかかり、何か関係していると感じ取って、未守さんに依頼したのだそうだ。一市民というより、夕波さんとゆうと君を見守る洋菓子店のお姉さんとして、って感じだ。


「或江、ありがとう」


 目の前で夕波さんが僕に感謝の言葉を述べている。


「はい?」


「あの人に伝わったかはわからないし、或江が探偵の助手としてどんなことをやったかもわからない。でも、ライブ褒めてくれて嬉しい。ありがとう」


 そう言った夕波さんは、すっきりした顔をしていた。


 こうして、河部市を騒がせた連続放火事件は幕を閉じた。


 だけど、僕にはわからない。依頼した幸恵さんの気持ちも、立ち向かった夕波さんの気持ちも、帰りたかった優成さんの気持ちも、後悔ばかりしていた石丸さんの気持ちも、帰りたくなかった国町さんの気持ちも、そして、やりたいようにやらせてあげた未守さんの気持ちも、どれだけ頭で理解をしていても、わからない。わからないものはわからない。やはり、僕は分からず屋。感情があるふりをしているだけの分からず屋。愛を知ってもそれは変わらない。


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