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炎上事件 19

 結局、未守さんは見つからず、夕波さん達のバンドがステージに出る時間になった。


 野外ステージにやってくると、イヌのコスプレ、いや、チワワのコスプレをした人が「弟君! こっちこっち!」と手を振ってきた。チワワのコスプレと言っても耳だけである。服は未守さんが着ていたものと同じセーラー服だ。未守さんとお揃いということなのだろう。幸恵さんは未守さんと違ってアラサーなので、少し無理がある気もするけれど、良く似合っている。


「幸恵さんも来ていたんですか」


「うん。二年生の和装喫茶にケーキ卸してるからね」


「そうだったんですね」


「あと、ライブを見に。放火殺人の依頼、犯人わかったんだけど、警察に動いてもらうのは、ライブが終わってからにしてあげようってことになったんだよね。みもちゃん曰く『やりたいようにやらせてあげることにした』だって」


「どうしてですか?」


「家に帰らせるためだって、みもちゃんは言ってた。私もライブ見たかったから、いいかなーって。それに緊急事態とかで、見る理由が増えたし」


「そうですか」


 僕がそう言うと、司会者がマイクを握る。


「続いては『寄せ集めバンド』さんです!」


 その声に合わせて、左端からステージに上ってきたのは。ギターを抱えた夕波さん、先ほどパニックになっていた女子生徒、ギターを抱えた花桃さん、ドラムスティックを持った獅子戸君、ベースを下げた未守さん、の五人だ。夕波さんとパニックさんは制服、花桃さんも制服(もちろん桃色のパーカー着用)、獅子戸君はアメリカTシャツ、未守さんはセーラー服だ。


 夕波さんがバンドで出るという認識だったので、まさか花桃さんがメンバーだったとは思わなかった。それに、獅子戸君がステージに出るのは聞いていたけれど、夕波さんや花桃さんとバンドで出るとは聞いていなかった。夕波さんと仲良くなったのはこれが理由だったらしい。


 そして、未守さんである。花桃さんが思いついたという、いいこととは、未守さんのことだったのだ。いきなりケガで出られなくなってしまったベースの人の代わりに、ぶっつけ本番で演奏できるのは、今の校内で一人、なんでもわかってしまう未守さんしかいないのだ。幸恵さんが緊急事態でライブを見る理由が増えたと言ったのはこのことだったのか。


 それぞれが位置に着き、準備をする。右端から、夕波さんがギター、パニックさんがキーボード、花桃さんがギターボーカル、獅子戸君がドラム、未守さんがベース。キーボードとドラムの二人は少し後ろに下がった位置にいる。


 獅子戸君がスティックでカウントをとり、曲が始まる。だれでも知っているようなアップテンポな曲だ。夕波さんのギターは頑張って練習をしていただけに上手く、未守さんのベースも、つい先ほど助っ人で加入したと思えないくらい、安定している。


 そして、花桃さんの歌声は圧巻だった。あの小さな体のどこからこんな声が出るのか。普段の幼い声とは違い、力強く、色気のある声だ。声量もかなりあって、音を外すこともない。正直、プロのミュージシャンと言われても誰も疑わないレベルである。


 圧巻といえば、ドラムもである。獅子戸君はついこの前、花桃さんの計らいで夕波さんと出会った。つまり、加入してそんなに経っていない。なのに、安定どころかスティックを宙で回すくらい、パフォーマンスに磨きがかかっている。


「さっき、みもちゃんが代役で入ることになったとき、私もいたんだけど、あの獅子戸君っていうドラムの子、父親が元ミュージシャンで子供の頃からドラムをしていたらしいんだよね。中学では表彰されたりしてたみたい」


 隣で呟く幸恵さんの言葉を聞いて僕は納得した。花桃さんが『今のゆうちゃんには、獅子戸くんの協力が必要』と言っていたのは獅子戸君のドラムのテクニックのことで、獅子戸君が中学時代に打ち込んでいた部活動は軽音楽部だったということだ。


 一曲目を歌い上げ、花桃さんはマイクスタンドからマイクを取る。


「どうも、寄せ集めバンドです。今からメンバー紹介します!」


 その声に合わせ、獅子戸君がドラムでリズムを刻む。花桃さんがメンバーを紹介すると、された人はソロを披露する。新学期になってから結成され、メンバーが揃ったのは九月になってから、しかもベースは今さっき加入した代役、そんなバンドとは思えない、メンバー紹介だった。


 そして、二曲目が始まった。二曲目も、誰もが知っているような、ライブで盛り上がれる曲。一部の観客は手を振ったり、飛び跳ねたりしていた。二曲目も花桃さんの歌声は魅力的で、ベースの未守さんはエンジョイしていた。


 二曲目が終わると、花桃さんではなく、夕波さんがマイクで話し出す。


「明らかに結花のほうが上手いから、ほんとは結花にこの曲も歌ってもらおうと思っていたんだけど、結花が私に歌えって言うんで、練習しました。家での練習に付き合ってくれた弟に感謝です。毎晩夜中までありがとう」


 この場にいるであろう、ゆうと君にお礼を言う夕波さん。ゆうと君が学校で寝てばかりいたのは、姉である夕波さんの練習に付き合っていたからだったのだ。それで、未守さんも、何日かすれば元に戻ると言っていたのだ。


「この曲はうちの兄が生きてた頃に作っていた一番新しい曲です。一度解散したバンドをまたやるために、作った曲です。それを元メンバーに知らせに行ったのが、兄の最期になりました。未完成だったこの曲をちゃんとした形にしてくれた寄せ集めバンドのメンバーには本当に感謝です。あと、急遽ベースをやってくれることになったみもさんにも感謝です」


 夕波さんは一旦マイクから離れ、未守さんに頭を下げる。


「それではこれが最後の曲になります、聞いてください。『もう一度、家に帰ろう』」


 花桃さんのギターが鳴る。そこに獅子戸君のドラムが入る。そして未守さんのベースと夕波さんのギターが加わって、夕波さんが歌い始める。



間違いだらけだと 逆にそれがよくて

明日の自分が映り込む 映画のワンシーン

そこには誰がいる? あの子も出るのかな

思い浮かべるのはいつでも 変わらない笑顔で

現実はスカートの中 幻はブラウスの下

走る廊下 チャイム音が響く

変わらない毎日達が 僕らを疲れさせていくけど

探している幸せは そこにあるんだよ

確かなものなんてないと 青春は僕らに告げるけど

それでも歩き続ける 僕は空を見る

帰ろう 帰ろう もう一度、家に帰ろう

教室の隅っこで チョークの粉が積もる

あの日の景色だって 隅っこに積もっていく

どこまで行っても平行線で

僕らの構造、二重螺旋で

走る信号 クラクションが響く

変わらない毎日達が 僕らを疲れさせていくけど

探している幸せは そこにあるんだよ

確かなものなんてないと 青春は僕らに告げるけど

それでも歩き続ける 僕は空を見る

帰ろう 帰ろう もう一度、家に帰ろう

帰ろう 帰ろう もう一度、家に帰ろう

帰ろう 帰ろう もう一度、家に帰ろう

みんなが待っている



 夕波さんの歌は彼女自身が言っていたとおり、それほど上手くはなかった。花桃さんが歌った後なので余計にそう思えた。けれど、僕にはわからない何かが、所謂、気持ちというやつがこもっていた。


 バイク事故で亡くなった優成さん。その優成さんが、クリスマスに石丸さんと国町さんを呼び出した本当の理由。つくりかけだった曲、『もう一度、家に帰ろう』 


 妹の夕波さんはどうしてもこの曲をやりたかったのだろう。届けたいたった一人のために、夕波さんは歌い切った。


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