縦笛事件 11
お婆さんと別れ、ゆずかちゃんを家まで送り届けた帰り道。川沿いの歩道を神森さん家に向かって歩いていると、後ろからクラクションを鳴らされた。
振り返るとそこには我が家の赤い車に乗った姉が窓から顔を出していた。
「猫は見つかった?」
「すべてを終えて、今から報告しに帰るところです」
「グッドタイミングというわけね。乗りなさい」
姉に言われ、後部座席のドアを開けて、中に入る。
僕がドアを閉めたのを確認すると、姉はバックミラー越しにじっと見つめてくる。
「お願いがあるの」
「だいたい察しはついていますよ」
「ありがとう。じゃあ私がオランダから帰ってくるころには女の子になっているのね」
「すみません。僕の推測が間違っていたみたいです」
「冗談よ。あなたの推測で間違っていないわ」
「どうして僕なんですか。他に適任がいるでしょう」
「私から言うのもなんだけど、あなたは私に借りがあるでしょう? 姉弟の絆のようなあやふやなことを言うよりあなたにはそういった方がわかりやすい。違う?」
「そうですね、感謝してます」
そう、僕はこの人に大きな借りがある。それは格闘技を教えてくれたことを含め、今の僕があるのは姉のおかげなのだ。だから、こんな風に言われてしまったら、引き受けないなんて選択肢はない。
「それに、あの子とあなたって良く似ていると思わない?」
「あの変な生物のどこが、僕と似ていると言うんですか」
「わからないのでしょう? 私があの子に抱いている感情」
「わかっていますとも。好きなんですよね。処女を捧げてもいいくらいに」
「感情というのはね、頭でわかっていても仕方のないことなのよ」
「僕は分らず屋ですから」
「あの子も同じよ」
僕と同じ。それは神森さんも分らず屋ということだ。愛がわからない人間が告白されても、対応に困るだけだ。姉がまともに相手にされていないのも頷ける。
「……まあ、いいわ。明日からよろしくね」
「明日から? 出発までまだ時間が――」
「もう、みもには会わないわ。別れの挨拶なら今日済ませたし」
今日のあの適当なやりとりが別れの挨拶だったらしい。仮にも恋人とは思えない淡白さである。というか相手にされていないのだけれど。だからといってもあれが本当に別れの挨拶だったとは。なんともあっけない。
「それに会ってしまったら決心が鈍るでしょ」
決心? もしかするとそれは神森さんを諦めるための決心――
「帰ってきたら今度こそ愛し合ってやるんだから。今度こそあの無い胸を揉みまくって、私以上に大きくしてやるんだから」
ではなかった。むしろやる気に満ち満ちていた。黒いオーラが出まくりである。我が姉はいやしくて、いやらしい人だったらしい。こればかりは弟として恥ずかしい。
「じゃ、私はもうひとっ走りしてから帰るから、ちゃんとお世話して帰ってくるのよ」