炎上事件 10 九月十一日 木曜日
「これ、見てください」
七件目の放火事件があった翌日の放課後、僕は東河部駅近くの喫茶店にいた。二日連続で文化祭の準備を休むことになってしまったけれど、元々参加するつもりではなかったので、大丈夫だろうと判断した。マリーさんが頑張っているのできっと大丈夫だ。
僕は目の前にいるキャスケット帽の女性、国町佳世さんと、彼女が封筒から取り出した何枚もの新聞の切れ端を見る。国町さんは河部市内の大学に通う学生で、未守さんと同じ二十歳だ。昨晩はマスクをしていたけれど、今日はしていない。黒のパーカーに黒のキャスケット帽というのは同じだけれど。
「スクラップですか。やはり事件を調べられていたんですね」
僕はその一枚を手に取り、質問する。よく見ると、新聞の切り抜きには丸がつけられている部分がある。放火事件のあった場所の地名、その最初の文字が赤いペンで丸く囲われていた。僕が解読した放火犯からのメッセージ。他の切り抜きも同じように丸が付けられている。つまり、国町さんは僕と同じく、放火犯のメッセージの続きを推察して、昨晩、あの場所にいたということだ。
「いえ、これは全部、私宛に送られてきたものなんです」
「送られてきた?」
国町さんは頷き、カバンから封筒をいくつも取り出す。それらの封筒の宛名は全部国町さんで、差出人の名前も住所も書かれていなかった。消印はそれぞれの放火があった翌日になっており、放火の度に送られてきているのがわかった。
「送り主に心当たりは?」
国町さんは控えめに首を横に振る。
「失礼ですが、何か恨まれるようなこととかは?」
「実は、最初の放火で死んだのは私の恋人なんです」
「恋人のお名前は?」
「石丸建次です」
一件目の火災で巻き込まれて死亡した男性は確か、そんな名前だった気がする。
「彼とは高校の頃から付き合っていて、同じ大学に通ってました。あの放火事件で建次を亡くし、途方に暮れていたとき、最初の記事が届きました。建次の死は不幸な事故だと思っていたし、地名に丸が付けられている意味もよくわかりませんでした。だけど、放火が起きる度に記事が送られてきて、必ず丸が付けてあって、それで今週の月曜日、送り主が言いたい事が何なのかわかって、それでいてもたってもいられなくて、昨日現場に行ったんです」
「つまり、放火犯と新聞記事の送り主は同一人物で、犯行現場の頭文字をつなげてできるメッセージは国町さんに向けて発せられたものだと。犯人は石丸さんを事故に見せかけて殺し、次は『お前を殺す』と」
「はい。私も最初はどうして私たちが殺されなければならないのか、わからなかったんですけど、建次と私の両方を恨んでいる人かもしれない人を思い出したんです」
「誰ですか?」
「高校生の頃、私たちは軽音部に所属していました。そこでバンドを組んでいたんです。私がベースで、建次がドラム、そして、リーダーの優成がギターとボーカルでした」
「スリーピースバンドだったんですね」
「はい、高校生の頃はとても楽しかったです。コピーバンドから始まって、三年生になると、優成が作ったオリジナルなんかもやったりして、ほんと、充実してました。それが、卒業して少し変わったんです」
国町さんの話はそこまで話し終えると、アイスティーを一口飲む。
「私たち三人は同じ大学に行くはずでした。けど、優成だけ落ちてしまって浪人生になったんです。私と建次は付き合っていたこともあって、大学の方が楽しくなってしまって、優成と会うことはほとんどなくなりました。バンドも、三年の文化祭の後、解散してしまっていたので、余計に会うことがなくて、私と建次はすっかりバンドや優成のことを忘れて大学生活を送っていました。酷い話でしょ?」
「酷いのかもしれませんが、しょうがないことかもしれません」
「ここからがもっと酷いんです。去年の十二月に突然、優成から連絡があったんです。会いたいって。それまでも何度か連絡はあったんですけど、私たちは他のことが忙しくて。でもその時はどうしても会いたいって言われて、会うことになりました。私と建次は大学入学してすぐにバイクにハマってしまって、二人でツーリングデートもしてたくらいでした。その日も、二人、それぞれのバイクに乗って、待ち合わせのファミレスまで行きました」
「バイクですか」
僕は未守さんの黒バイを思い出す。
「そしたら、優成もバイクで来ていたんです。浪人生で勉強に忙しいはずの優成が免許を取って、バイクを買ったというのは正直、驚きました。けれど、建次は自分たちと同じ趣味を持ってくれたことがよほど嬉しかったらしく、私たちはバイクの話で盛り上がりました。優成は他に話したいことがあったように見えたんですが、私もバイクの話に夢中になってしまって……。それで、峠に行こうって話になったんです」
「峠ですか。どうしてまた?」
「それが、よく覚えてないんです。たぶん、バイクの話の流れからだと思います。優成がまだ峠を攻めたことがなかったから、行こう。みたいな」
「それで峠に行ったんですね。この辺からだと、どこへ行くんですか?」
「一番近いのは小世野の峠ですね」
小世野郡小世野町。河部市の北隣にある小さな町で、たしか、かなりの山奥だという話を聞いたことがある。なるほど、僕はバイクも車も運転しない、というかできないので、峠というものになじみがないけれども、案外近くにあったりするものなのか。
「そこで、優成は亡くなりました」
「へ?」
「路面が凍結していたんです。不慮の事故でした」
てっきり、その優成さんが放火犯かもしれない、という話だと予想していたので、まさかの展開である。
「その後、建次は自分のせいで優成が死んだんだと言って、自分を責め、引きこもりになってしまいました。私も罪悪感から、バイクも売り払いました。それから半年、建次も立ち直り始めたので、私たちは優成の実家に挨拶に行きました。本当は葬儀にも出て、すぐにでも仏壇にも手を合わせなくちゃならなかったんですが、建次が引きこもっていたので、半年かかってしまいました」
「つまり、優成さんのご家族は建次さんと国町さんを恨んでいる、と」
「はい。優成には妹と弟がいるんです。ご両親は私たちのことを悪くないと言ってくれたんですが、妹さんたちはきっと恨んでます」
「心当たりはそれくらいですか?」
「あの子たちがこんなことをしているなんて信じられないですけど、それくらいしか……」
「そうですか。で、どうして僕にこんな話を?」
「探偵の助手をしてるということだったので、私の話が警察に信じてもらえるかどうか聞いてみようと思いまして。警察は証拠がないと動かないって聞きますし、探偵の助手さんならその判断ができるかと」
「正直なところ、信用してくれるかどうかはわかりません。でも新聞の切り抜きが送られてきているのは事実ですし、次にあなたが狙われているのも確かです。僕なんかに話すのではなくて、今すぐにでも警察にお話しされることをお勧めします」
「それが、今度の日曜日に予定があって、その後で警察には行こうかと思ってます。次の犯行は日曜の夜ですし、夕方までにいけば保護もしてもらえるかと」
「その判断が正しいかどうかはわかりませんが、僕も今回はあまり深く関わらないよう言われているので、国町さんの話をきくことくらいしかできません」
「いえいえ、聞いていただけただけで充分です」
「ちなみに、優成さんのフルネームをお聞きしてもよろしいでしょうか?」