縦笛事件 10
会瀬川河川敷公園第三グラウンドの隅にある大きな木。その下にある小さなお墓の前に僕ら三人はいた。小学生、高校生、お婆さん、というなんとも奇妙な組み合わせである。
「また先を越されてしまったのねえ」
お婆さんはゆずかちゃんが急ごしらえで作った小さなお墓を見つめている。
ゆずかちゃんは神森さんから受け取った小さな赤い首輪を墓の上に置いて、じっとお墓を見つめている。
僕はお墓に近づき、ズボンの尻ポケットに差していたものを取り出す。
「ゆずかちゃん。これ、あげる」
「それは外国のお姉ちゃんに渡した報酬だよ」
「ご褒美だよ。がんばったご褒美。それに僕は今、ゆずかちゃんの演奏を聴きたいんだ」
「うん。ありがとう」
そう頷くとゆずかちゃんは縦笛を小さな口にあてる。
ぴーともぷーとも鳴らない。僕や神森さんとは大違いである。
さすが持ち主。さすが現役小学生。なれた手つきで奏でられるそれはとても綺麗な音色だった。どこかで聞いたことはあるけれど、タイトルも歌詞も思い出せない曲。でも、なんだか心地がいいメロディーであった。
「なんでだろうねえ。この笛の音を聴いているとそんなに悲しくないのよ」
僕の隣でお婆さんは亡くなった笛吹きの旦那さんと、猫のことを考えているのであろう。
「見つけてくれたのが、あの子でよかったよ」
お婆さんは涙を流しながらそれでも微笑んでいた。
わからない。
お婆さんがどれほどこの猫のことを愛していて、お婆さんと笛吹きな旦那さんがどれほど愛し合っていたかは僕にはわからないし、その両方を失ったお婆さんの悲しみは想像もできない。僕にはわからない。
今朝死んでいる猫を見つけて、お墓を作り、そのことを飼い主であるお婆さんに伝えたゆずちゃんの気持ちも、僕にはわからない。
僕には死の重みも、悲しみも、涙もわからない。
平凡で普通の高校生ではあるけれど、僕は分らず屋なのだから。
とにかく、今回の飼い主探しの依頼の報酬がなぜか縦笛で、その縦笛に引き寄せられるかのように今回の依頼は幕を閉じた。縦笛だけに、会瀬川ハーメルン事件と名付けようと思ったけれど、他と被っているのでやめておいたほうがいいだろう。
それになぜ、縦笛だったのかわからない。分らず屋の僕がわかることというのは本当に少ない。だけど、これだけは知っている。
今日は八月十五日、お盆である。