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炎上事件 06 九月九日 火曜日

 幸恵さんから放火事件解決の依頼があった翌日、僕は文化祭の準備に参加した。未守さんから頑張るように言われたので仕方ない。ご飯も遅くなっていいとのことだった。


 なので僕は放課後、マリーさんに準備に参加できるようになったと伝えた。そしたら待ってましたと言わんばかりに仕事を押し付けられた。と言っても主に飾り作りだ。僕は言われたとおりにせっせと夏祭りを思わせる飾りを作り、暗くなる前に学校を出た。まだ本番まで日にちがあるので、残りは明日以降作ればいい。


 九月になったとはいえ、まだ暑さが残る夕暮れの中、僕は自転車で河部市の各所をみて周った。


 正確には放火があった場所を順番にまわった。一件目の現場はやはり大きな火災になっただけに家が丸ごと一軒焼けており、真っ黒焦げになっていた。二件目以降は規模が小さく、ゴミ捨て場だけが黒くなっていたり、空き家の一部分が黒くなっていたりで、割と早く通報があって消化されたのがうかがえた。僕はそれらをケータイのカメラで簡単に撮影していった。

 それぞれの場所は市内に点在しており、僕は自転車で市内を行ったり来たりする羽目になった。



 地名で言うと、大木おおき間口丘まぐちおか榎本えもと本場町もとばちょう湖崎こざき、の順である。



 四件目の本場町あたりで近い順に行けばよかったと思ったけれど、これも立地的な関連性がないか調べるためだと言い聞かせた。

 実際に現場をまわってみると、ゴミ捨て場か空き家という点以外、関連性はなさそうだった。順番も、かなり行ったり来たりさせられたので、意味はなさそうだった。地図上で結ぶと何かの形になるのかもしれないとも思ったけれども、頭の中で地図を思い出しても何かの形になることもなかった。


 未守さんに今回は手伝わなくていいと言われ、それを了承したにもかかわらず、どうしてこんなことをしているのかというと、それは興味本位である。ニュースで見ていた頃から、この事件のことが気になっていたのだ。


 それと、もし未守さんに途中で手伝いを求められたときに何も知らなかったのでは話にならないと思ったからである。理由としては後者の方が強い。なんでもわかってしまう未守さんなので、僕が手伝わなくていいと判断した以上、そんなことはないだろう。まあ、言わば保険みたいなものだ。だから、未守さんの言いつけ通り、文化祭の準備もしつつ、支障が出ない程度に調べることにしたのである。


 五つの現場で『家に帰れなくなった人』に会うこともなく、僕は六件目の現場、ろく々台に着いた。日も沈み、あたりはすっかり暗くなっている。僕は街灯の灯りを頼りに自転車を押して進む。


 この碌々台は高級住宅街として有名な場所で、僕は四月に桜さんと出会った一件で、桜さんのかつての親友が住むこの場所に一度に来ている。


 そういえば、あれから柏木先輩の話を聞いていない。勘違いから桜さんに酷いことをした彼女は、反省していたらしいけれど、その後、桜さんから話がないということは、あれから接触していないということなのだろうか。桜さんもすっかり立ち直り、探偵同好会を作り、今は文化祭の準備に励んでいるので、また友達に戻ってもいいような気もする。


 そんなことを思いながら、僕は目的地のゴミ捨て場に到着した。道路の隅に自転車をとめ、ゴミ捨て場に近づく。


 ここはつい一昨日に放火があった場所だ。今まで見てきた現場と同じで黒く焼け焦げた跡が残っている。ここもすぐに消化されたらしく、それほど大きくはない。


 僕はこれまでの五か所と同じようにケータイで写真を撮る。アップの写真を撮り終え、今度は離れた場所から撮ろうと思い、振り返ると、こちらに向かって来たボブカットの人物と目が合った。


「夕波さん、こんばんは」


 目が合ったのはクラスメートの夕波さんだ。制服姿の彼女は背中にギターを背負っている。僕は彼女が楽器をやっているなんてことは知らない。というか昨日まで存在もしらなかったくらいだ。部活や趣味を知っているはずがない。きっと軽音部か何かなのだろう。クラスの出し物の準備にいなかったので、たぶんバンドの練習の方に行っていた感じなのだろう。


「何やってんの?」


「調査ですよ。放火事件の」


「ふーん。あ、探偵同好会とかいうやつの活動?」


「いえ、個人的な興味と探偵の助手としての活動です」


「助手の活動? やっぱり同好会の……」


「いえ、同好会とは別に、探偵の助手のバイトをしているので」


「そっか」


「夕波さんは学校の帰りですか?」


夕波さんはこくりと頭を下げる。


「この辺に住んでるんですね」


「いや、住んでるのは隣の住宅街。ここに来たのは、ちょっと見ておこうと思ったから」


「放火の現場をですか?」


「そう」


 夕波さんは立ち止まったまま僕を見つめて口を閉じる。よく見ると彼女はギターと学生カバンの他に紙袋を持っている。それも僕がかなりの頻度で見ているものだった。


「そこのケーキおいしいですよね」


 僕は夕波さんが持つ洋菓子店の紙袋を指さす。


「プリンだけど」


「プリン! プリンは格別です」


「或江って見た目はへたれっぽいけど、舌はそれなりなんだね」


「失礼ですね、こう見えても格闘技を少しかじっているんですよ」


「へー、意外」


 そう言って夕波さんが僕の隣までやってくる。そしてしゃがみ込む。何事かと思ったけれど、よく考えたら彼女は僕と同じで放火現場を見に来たのだ。


 焼けた地面を見つめながら彼女は口を開く。


「弟が好きなんだよね、だからお土産」


「弟さんがいるんですね、何歳くらいですか?」


「まだ小学生」


 意外と小さい弟さんだ。桜さんの妹であるゆずかちゃんも小学生なので、おかしい話ではない。そういえば、ゆずかちゃんもプリンが好きでよく未守さんと取り合っている。それはもう壮絶なバトルが繰り広げられる。主に胸の大きさについての言い合いなのだけれど。小学生と張り合う胸の大きさの大人は大変である。


 なんて考えていると、夕波さんは立ち上がり、どこかへ歩き始める。


「あれ、もういいんですか?」


「気が済んだ」


「そうですか」


「バイバイ」


 夕波さんはこちらを見ることなくそう言って、帰っていった。


 僕は追加で何枚か写真を撮ってから、自転車にまたがる。僕も帰ってご飯を作らなければ。

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