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炎上事件 03

「ワトソン先輩、聞いてくださいよ」


 昼休み、僕は後輩の獅子戸ししど遼平りょうへい君に呼び出されて中庭にいた。獅子戸君は僕が所属する探偵同好会のメンバーで、マリーさんの従弟だ。


 一学期の終わり、僕と桜さんは探偵同好会を発足させるためにメンバーを集めていた。正式に同好会として活動するためには、僕と桜さんを含めて五人必要だったのである。ワタさんとマリーさんが加わり、四人になったけれども、最後の一人がなかなか見つからなかった。そんな時にマリーさんが誘ってくれたのが従弟の獅子戸君、というわけである。そのおかげで無事に今学期から探偵同好会の活動を開始することができた。


 そんな獅子戸君は後輩というのでもわかるように、文月高校の一年生。顔はマリーさんの親戚なのでどことなく彼女と似た雰囲気がある。髪は茶色、整髪料で毛先を遊ばせている感じ。片耳にピアス。制服もちゃんと着用するのではなく、着崩している。遊んでいる風とでもいうのだろうか、雰囲気イケメンとでも言えばいいのだろうか、要するに、顔はともかく、見た目はかなりちゃらいのだ。さすが、マリーさんの従弟である。二人で並んで歩いていたら絶対に不良カップルだと思われるに違いない。


 マリーさん曰く、中学時代は熱心に部活動に打ち込む少年だったらしい、それが高校に入ってからはどこにも入らず、ふらふらしていたのだとか。


 そんな獅子戸君に初めて会ったのが二週間前の始業式の後に行われた探偵同好会の部室の模様替え兼、初ミーティングだ。それ以来、彼はなぜか僕のケータイによくメッセージを送ってくる。


 今回も授業中に『昼休み、中庭に来てください。先輩に相談があります』とメッセージが来たので、食堂でワタさんとマリーさんと三人でご飯を食べた後、中庭にやってきたのである。


「僕はワトソンではないけれど、それは置いておくとして、僕に相談というのは?」


「いや、それは初めて会った日に決めたじゃないですか。ボクがホームズなんで、助手の先輩はワトソンだって」


「僕は確かに黒の探偵の助手をしていることを獅子戸君に言ったけれど、獅子戸君の助手になった覚えはないし、そんな話もしていないはずです。というか、置いておくって言いましたよね?」


「まあまあ、細かいことはいいじゃないですか。それで、先輩って桃色の占い師さんと仲いいんですよね?」


「桃色の占い師? ああ、花桃さんならクラスメートですけど、それ以上でもそれ以下でもありません」


「先輩、ほざきますねえ」


「敬語の使い方がおかしいです」


「こっちはジョンソン先輩から聞いてるんですよ? 小学生の時、隣に住んでたらしいじゃないですか。ってことはあれですよ、顔なじみ」


「ワタさんのことをどうしてジョンソンなんて呼ぶのかはだいたいの察しがつきますけど、獅子戸君は致命的なミスをしています。獅子戸君が言いたいのは顔なじみではなくて、幼馴染みです」


「そうとも言います」


「かもしれませんね。で、僕と花桃さんが知り合いだとして、それが獅子戸君とどう関係があるんですか? もし、花桃さんを紹介してほしいとかそういうたぐいのお願いなら、聞けません。僕は花桃さんに関しては、そういうのを断ることにしていますから」


「大丈夫ですよ、ボクが紹介してほしいのは夕波ゆうなみさんですから」


「夕波? 聞いたことないですね」


「先輩、ほざきますねえ」


「だから、敬語の使い方がおかしいです」


「夕波さんは先輩達のクラスの生徒じゃないですか」


「そうなんですか?」


「そうです」


「それは驚きました」


「驚いてください」


「じゃあ、その夕波さんを紹介すればいいんですか?」


「先輩、今存在を知ったようなクラスメートを、後輩のボクに紹介なんてできるんですか?」


「できません」


「でしょ。だから四人で会う機会をつくって欲しいんですよ」


「四人? どの四人ですか?」


「ボクと先輩と占い師さんと夕波さんの四人です」


「どうしてそんなことを?」


「ボク、一目惚れしたかもしれないんですよ」


「夕波さんに?」


「そうです。で、どうやったら近づけるか色々考えたわけですよ。そしたら唯一の接点を見つけてしまったわけです」


「それが、僕と花桃さんとどう関係が?」


「ボクと先輩は探偵と助手で、占い師さんと先輩は顔なじみ」


「だから、獅子戸君の助手になった覚えはないんですけど、それに僕と花桃さんが幼馴染みだからって夕波さんには関係ないでしょう」


「それが、あるんですよ。占い師さんの親友が夕波さんなんですって」


「親友? こないだ転校してきたばかりなのに言いすぎじゃないですか?」


「言いすぎました」


「それが、獅子戸君と夕波さんを引き合わせる唯一の接点だと」


「そういうことです」


「お断りします」


「ええ! 先輩、力になってくださいよ。可愛い後輩の頼みじゃないですか」


「獅子戸君は探偵同好会に入ってまだ日が浅いし、そもそも可愛くないです」


「酷い! ホームズとワトソンの仲なのに!」


「だから――」


「あ! あっくん、あっくん!」


 声がした方を振り返ると、花桃さんがこちらに大きく手を振って近づいてきていた。豊満な胸が揺れまくりである。そして、隣には知らない女子生徒もいる。


 僕はその中庭にやってくる二人を見つめ、考える。

 花桃さんはなんでもわかってしまう。しかも未来も、だ。


 そんな彼女が、今まで話しかけてこなかったのに、突然今になって僕を『あっくん』と呼び、大きく手を振って近づいてきている。それはなぜか。


 僕は獅子戸君の相談に乗っていた。その内容は獅子戸君が夕波さんという僕のクラスメートとお近づきになりたいので紹介してほしい、というもの。しかも、僕が夕波さんを良く知らないので、知っている花桃さんを入れて四人で会いたいということ。そして今、その花桃さんは女子生徒を一人連れてこちらにやってきている。まるでタイミングを見計らっていたかのように。


 花桃さんはなんでもわかってしまう。つまり、この女子生徒が夕波さんということだろう。これで獅子戸君の願いは叶えられたということになる。


「偶然、偶然だね! 今、ゆうちゃんとお昼ご飯を食べた帰りなんだけれど、偶然、ここで会ってしまったね!」


「偶然ですね。僕は昼食後に後輩と話していました」


「なに、結花ゆいかって或江あるえと仲良かったの? あっくんて」


 知らない女子生徒、改めクラスメートの夕波さんは怪しげな目で僕を見つめる。いや、今の状況で怪しいのはどう考えても花桃さんなのだけれど。クラスメートなのに、信用が全くない。二週間前に突然現れた花桃さんの方がよっぽど信頼されている。


 そんな夕波さんはボーイッシュな見た目をしていた。髪はボブカットで、制服はシャツに男子用のネクタイ、スカートの丈はやや短めで腰からチェーンが垂れ下がっている。


 やんちゃな見た目をしている獅子戸君が一目惚れをしたといいうから、マリーさんのようなギャルを想像していただけに、少し驚いた。好みは人それぞれなのでとやかく言うつもりはないけれど。


「あっくんとは夏休みに会ったことがあって……それでだよ! そんなことより、君は誰だい?」


「し、獅子戸遼平、一年です!」


「獅子戸くん、わたしはあっくんとお話があるから、ここでゆうちゃんと待っててくれないかな?」


「わかりましたです!」


「ゆうちゃん、いい?」


「うちも別にいいけど」


「ありがとう、ありがとう。じゃあ、あっくん、いこ」


 そう言って、花桃さんは僕の手を引き、歩き出す。僕は仕方なく彼女に引っ張られることにした。さっきの会話は明らかに茶番というか、わざとらしいものだったけれど、これで獅子戸君の願いが叶うのだ。夕波さんと出会えただけでなく、二人っきりになれたのだ。相談に乗っていた先輩として、ここで邪魔をするわけにはいかない。


 中庭を出て、校舎内に入ったところで、僕は花桃さんに話しかける。


「花桃さん、お久しぶりです。毎日同じ教室にいますけど、話すのは夏休み以来ですね」


「あっくん、久しぶり。ごめんね、ごめんね、こんな形で話すことになってしまって」


「いえ、謝られるほどの事ではないですよ」


「あっくんってクラスでは目立たない様にしているから、わたしがそれを壊してしまうのは良くないかと思って……それと、今はやりたいことがあるの。だから、わたしに訊きたいことがあると思うけれど、あっくんとちゃんとお話するのはその後でもいいかな?」


 なるほど。花桃さんは僕に気を使って教室では話しかけないようにしていた、ということか。


 確かに花桃さんは目立つ。見た目もそうだけれど、転校生で有名な占い師だ。そんな彼女と以前から知り合いだとなると、僕まで目立ってしまう。それと、今は他にやりたいことがあるとのこと。それなら仕方ない。ちゃんと幼馴染みとして話すのは、それまで待っていよう。


「はい、構いませんよ」


「よかった、よかった。ありがとう」


「あの、もう手を離してもらってもいいですか?」


「あ! ごめん、ごめん。ずっと握ったままだったね」


 花桃さんは、はっと驚く動きをしてから手を離す。一つ一つの動きがオーバーというか、小動物っぽいというか、やはり可愛らしい人である。


 ちゃんと話すのはまた今度という約束をしたけれど、今回のことは尋ねておかなければならない。


「やっぱり、偶然じゃないんですよね?」


「うん、うん。そうだよ。今のゆうちゃんには、獅子戸くんの協力が必要だからね」


「事情はよくわからないですけど、さすがですね」


「それほどでもないよー」


 嬉しそうに微笑む花桃さん。


「あの二人、大丈夫ですかね?」


「大丈夫、大丈夫。獅子戸くんはちゃんと連絡先を交換できるよ」


「なら、よかったです」


「じゃあ、わたし達はこのまま教室に戻ろうか。二人には『先に戻っちゃった』ってケータイに連絡しておけばオッケーだよ」


「了解しました」


 いきなり二人きりにしておいて、先に帰るというのは少し自分勝手な気もするけれど、獅子戸君の目標は達成されたのだから、大丈夫だろう。あとは若いお二人にお任せする形だ。


 その後、特にこれといって言葉を交わすことなく、僕と花桃さんは二年三組の教室まで戻ってきた。そして、花桃さんは前のドアから、僕は後ろのドアから何事もなかったように教室に入った。


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