炎上事件 01 九月八日 月曜日
月曜日というのは憂鬱なものらしい。全ての人がそう感じているわけではないのだろうけれど、学校に通う人や仕事をしている人の多くは土日が休みなので、五連続の平日の始まりを憂鬱に思うそうだ。長い間、僕はそれがわからなかった。理由は簡単である。それは僕が分からず屋だったからだ。頭で理屈は理解していても実際にそう思ったことが一回もない。
では今はどうなのか。愛という感情を知った後の僕はどうなのか。正直、何も変わっていない気がする。今も月曜日を憂鬱だと感じないし、結局、未守さんへの気持ち以外は分からず屋のままだ。先月、殺人事件の現場に遭遇しても何も感じなかったし。
ただ、学校に行っている間は未守さんと一緒にいることができない。一緒に暮らすようになって、土日はずっと一緒にいられるようになった。なのに、平日はそれができない。僕は普通の高校生で、未守さんは休学中の大学生。当然、一緒にはいられない。それが五日間続くのだ。そう考えると、憂鬱とは思わなくても、少し嫌な気がした。もちろん土日も二十四時間ずっと一緒にいるわけではないのだけれど。
朝、自室のベッドで僕は、ぼんやりとした頭でそんなことを考えた。
目を覚ましてすぐに見た、枕元のケータイの時刻はアラームをセットした時間の五分前だった。なので、アラームが鳴るまで僕は適当に考え事をしてみたのだ。
鳴り響くケータイのアラームを解除して、僕は起き上がる。
未守さんと一緒に暮らしているとはいえ、僕らは一緒には寝ていない。未守さんが相変わらず昼夜逆転の生活を送っているというのも理由の一つなのだけれど、一番の理由は今まで泊まることがあっても別々に寝ていたからである。そして、そのとき使っていた寝室をそのまま自室にしてしまった形だからだ。それに大量のクマのぬいぐるみと一緒に、リビングの床で未守さんと一緒に床に寝ようとは思わない。せっかく寝室があってベッドがあるのだ。使わない理由がない。
というわけで、僕はドアを開けて、リビングに顏を出す。いつもと変わらずクマのぬいぐるみと一緒に転がっている未守さんに声をかける。
「未守さん、朝ですよ」
「うにゃあ……」
Tシャツ一枚だけの恰好の彼女は夢の中だ。おそらく、彼女が眠りについてからまだ三時間ほどしかたっていない。来月から大学に復学するので、そろそろ昼夜逆転をやめてはどうかと言っているのだけれど、直す気がまったくない。なんなら学校に行かなければならない僕を夜更かしに付き合わせようとする始末だ。もちろん、次の日が休日であれば付き合うのだけれど、今日みたいに学校がある日の前日は勝手に寝るようにしている。そして、未守さんは一人で夜更かしを満喫する。寝るのは朝方だ。
というわけで、ぐっすり寝ているのである。復学の事もあるので毎朝声はかけるのだけれど、起こしはしない。ちなみに、大学というのは、前期と後期の二学期制で、未守さんが籍を置いている河部大学では十月から後期授業が始まる。なので、来月からなのである。今まで休学していて、なぜ後期から復学するのかというとそれは白の狂犬が逮捕され、身を隠す必要がなくなったからだ。
僕は未守さんの寝顔を見てから、洗面所で顔を洗い、自室で制服に着替え、台所で朝食を作る。メニューはトースト一枚と目玉焼きとカリカリに焼いたベーコン。飲み物は野菜ジュースだ。それらを用意し終えると僕はリビングの白いローテーブルの上に並べ、テレビをつけた。毎朝テレビのニュースを眺めながら食べているけれど、その間も未守さんは起きることはない。未守さんの朝食、というか夕食は通っていたころと同じく、学校が終わってから作ることになっている。
「河部市内でまたも不審火がありました。場所は高級住宅街で知られる碌々台の一角で、市内での不審火はこれで六件目になります。今のところ、毎週日曜日と水曜日の夜に火がつけられていることから、警察は同一犯の放火とみて捜査をしています」
ベーコンを食べていると、テレビから連続放火事件のニュースが聞こえてきた。
八月下旬から市内の各所で夜中に空き家やゴミ捨て場に火がつけられる事件が起きている。二件目くらいから連続放火の疑いがあると言われ出し、三件目、四件目が起きてからは愉快犯による連続放火の可能性が高まり、今では水曜と日曜の夜に必ず起きるものとして認識されるようになった。最初の放火では確か、ゴミ捨て場がある家の住人が巻き込まれて死んでいたはずだ。今でこそ放火が起きるのが当たり前になっているので河部市内の人間は敏感になっているが、最初の犯行のときは誰も放火が起きるなんて思っておらず、かなり大きな火事になったそうだ。ちなみにその頃、僕と未守さんはあの久美島にいたので、実際どれくらい騒ぎになったかはよくわからない。けれど、本当に物騒な話である。
食器を片付け、リビングに置いていた学生カバンを持ち、テレビを消す。
「未守さん、行ってきます」
「……うにゃあ」
リビングの床で平和そうに眠る恋人のおでこに軽くキスをして、僕は学校へと向かった。