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空瓶事件 12

 僕の姉、麦子がアオヰコーポにやってきたのは夕方だった。未守さんははしゃぎ疲れて寝てしまっている。床でクマのぬいぐるみに囲まれて爆睡である。ちなみにコンタクトは寝そうになる前に外させておいた。

  姉は五月に帰国したときと全く同じだった。胸元でゆるくカールした茶色い髪に黒のパンツスーツ姿、キャリーケースも持っている。この後どこかへ行くのだろうか? それともここに泊まるつもりなのか、とにかく退院して一度家に戻っているので少し不自然ないでたちである。


「未守さん、姉が来ましたよ。あるたろうが来ましたよ」


 僕はそう言いながら未守さんの体を揺らす。しかし、全く起きない。


「名前で呼ぶなんて、すっかり婚約者ね」


「そうですかね。正直婚約と言われても僕はまだ高校生ですし、この人の言動をちゃんと理解して読み取るので精一杯ですよ」


「あら、すっかり助手というわけね」


「まだほとんど活動してませんけど」


「久美島で仕事してきたんでしょう?」


「……はい」


「さすが、童貞を卒業しただけのことはあるわね」


「関係ないです」


「あら、そう。で、訊きたい事というのは何かしら」


 一昨日、久美島から帰ってきた僕はすぐ、姉にメッセージを送ったのだ。退院したら訊きたいことがある、と。


 そして、僕は目の前の姉に尋ねた。僕が事件に巻き込まれて記憶をなくす前、僕に女の子の知り合いがいたかどうか、僕のことをあっくんと呼ぶ少女はいなかったか、と。


「知っているわ、あーちゃんね。あなたのことをあっくんと呼んだのは、後にも先にもあの子だけだったから」


「あーちゃん」


「うちの隣に住んでいたのよ。あなたとすごく仲が良くてね、いつも一緒に遊んでいたわ。……そう、あの日も一緒だった」


「あの日ってもしかして河部ハーメルン事件が起きた日ですか?」


「ええ。あの子も、あなたと一緒にあの事件に巻き込まれたの。そして生き残った。その後すぐに引っ越してしまって、それきりよ」


 やはり、出会っていた。河部ハーメルンという大きくて悲惨な事件が起きる前に、僕らは出会っていた。それも、一緒に巻き込まれた。被害者として僕と一緒に拉致監禁されていた。あの桃色の少女と僕は幼馴染みだったということだ。もちろん、その頃から桃色をしていたかはわからない。けれど、これで証明された。


「あーちゃんがどうかしたの?」


「会いました。そのあーちゃんに、久美島で」


「感動の再会をしたというわけね」


「僕は今あなたから聞くまで存在を知らなかったので、感動というわけでも再会という感じでもなかったんですけど」


「あなたが知らなくて当然よ。だって父さんも母さんも私も、あの事件のことはあなたに話していないもの」


 つまり、幼馴染であったとしても、家が隣同士で一緒によく遊んでいたとしても、あの事件に関係しているので話せなかった、話さなかった、というわけだ。


「しかし驚いたわね。あーちゃんが久美島にいたなんて。あなたと同じで誰かの付き添いだったの?」


「いえ、むしろ付き添いの人を連れていましたよ。……ということは、桃色の占い師を知らないんですか?」


「何を言ってるの、桃色の占い師は知っているわ。……もしかして」


「はい、そのもしかしてです。名前に『あ』という文字が入っていないので、あーちゃんだと言われたとき、不思議に思いましたが」


「ええ、苗字も名前も違うわ」


 花桃かとう結花ゆいか。苗字に桃の文字が入っているから桃色。全身ピンク色だから桃色。だいたいを言い当ててしまう桃色の占い師。そんな彼女は昔、花桃結花ではなかった。偽名だろうか? あるいは芸名? いや、本名かもしれない。この国では、苗字が変わることが多々ある。しかし、下の名前はめったなことがない限り変わらない。両方ともなると尚更だ。


 しかし、僕は知っている。久美島で起きた事件の真相を。姿を消した明日奈さんは別人のIDを購入し、その人になりすまし、生きていくということを。つまり、名前なんてものは変えようと思えば簡単に変えることができる。何か事情があって、変わっていたって不思議ではない。


 なんにせよ、彼女は昔、あーちゃんだったのだ。僕があっくんで、彼女はあーちゃんだったのだ。


「どうして名前が違うかはわかりませんが、気づかなかったということは、だいたいを言い当てるような能力を持った子ではなかったということですか?」


「ええ、私はそんな能力を持った人間を一人しか知らない。桃色の占い師も、存在は知っていても、能力は信じていなかった。でも、あなたがそう言うってことは本物なんでしょ?」


「はい、本物でした。しかも、未来までわかるそうです」


「まるで、みもの上位互換みたいな子ね。もしかして、好きになった?」


「いえ、そんなことはありません。ただ、『またね』って言っていたんですよ」


「ただの別れの挨拶に聞こえるけど、未来がわかるのなら、気を付けた方がいいかもしれないわね。同じ事件に遭遇して先に解決されたら、みもが廃業してしまうじゃない」


「気をつけます」


「でも、桃色の占い師は確かこの国の北の方で活動していたと思うから、同じ事件に遭遇するなんてことはなかなかないでしょう」


「そう信じています」


「少し心配だけれど、みものことはあなたに任せるわ。あなたのことはみもに任せる」


「たまには助けてください。僕はあなたほど闘えませんから」


「それはできないわ」


  できない?


「向こうの教授に気に入られちゃってね。残らないかって言われていたの。みもと瓜丘のことがあったから帰ってきたけれど、それも解決したしね」


 そう言って姉は僕を見つめ、胸元で拳を握る。


「あとは任せた」


「りょぷかいでーす」


 声がした方を見ると、未守さんがぱっちり目を開けてこちらを見ていた。コンタクトをしていないので瞳は黒い。


「起きていたんですか?」


「ん? 今起きたでござるよ」


 その後、姉の退院祝い兼送別会を行った。結果的に、ホールケーキを買ってきていて正解だった。あの店の看板娘さんも、たまには良いことをする。


 二回目の留学については入院中に手続きを済ましていたらしく、僕の姉、麦子は次の日の朝の便で再びオランダへと旅立った。


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