縦笛事件 09
「王子様の弟なお兄ちゃん」
「長くない?」
「弟のお兄ちゃん」
「僕に弟はいないのだけれど、まあいいや。何かな? ゆずかちゃん」
「いつまでもここに立ちっぱなしは暑いしさ、せっかく二人っきりで外に出てきたんだから、弟のお兄ちゃんと一緒に映画でも見に行けばいいのかな?」
「待ち合わせをすっぽかしてまで僕とデートに行きたいのならそうだね」
「りょぷかいでーす」
神森さんのように真顔で頷くゆずかちゃん。純粋無垢な小学生である。揺れるツインテールもまた、小学生らしくて可愛らしい。
「いやいや、ゆずかちゃん。君は何をしに来たの?」
あれから。神森さんの部屋を出て、飼い主に猫の死を伝えようとするゆずかちゃんを追いかけてから、数十分後、僕とゆずかちゃんはお馴染みの会瀬川河川敷公園西側の『あいあいちゃんモニュメント』の前に立っていた。
飼い主に連絡をして待ち合わせの約束を取り付けたのである。ちなみに電話をしたのはゆずかちゃん。可愛らしいピンクのケータイを取り出し、飼い主さんの電話番号を入力するところまではよかったのだが、そこでまた俯いてしまった。
言うまでもなく、猫が死んでいるという事実を言うのをすごくためらっていたのである。電話でそれが伝えられるのであれば、神森さんの部屋で俯いて暗いオーラを出したり僕が付いてくる必要はない。そこで僕はゆずかちゃんに提案をした。飼い主さんと公園で待ち合わせて、一緒にお墓まで向かう。事実はそこで伝えればいいと。
ということで今、僕とゆずかちゃんは待ち合わせの場所であるモニュメントの前にいるのだけれど、ゆずかちゃんは緊張している。約束の時間まであと五分ほど。
なんとか元気づけてあげることはできないだろうか?
ゆずかちゃんの小さな手は強く握られ、少し震えている。
僕は彼女のその不安げな拳を自分の手でそっと包み込む。
「大丈夫だよ。ゆずかちゃんになら、できるよ」
空を見上げる。夕方なのにまだまだ青い真夏の空に浮かぶ入道雲はゆずかちゃんが作ったお墓の盛り土に形が似ていた。
「あら。さっきの笛吹きの坊やじゃない」
声をかけられて前を向くとお婆さんがこちらに向かって歩いてきていた。
パンチラのお婆さんである。いや、長話のお婆さんである。なんという偶然か、この人が猫の飼い主だったらしい。世の中、案外狭いものだと言うけれど本当に狭かった。
「先ほどぶりです」
「というころはあれかねえ。坊やが見つけてくれたの?」
「いや、僕は……」
「わたしです」
そう言ったゆずかちゃんの表情にもう不安も緊張もなかった。
「わたしが猫を見つけました」