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アサカとアサヒとのじゃれあいを終えて、再び井戸で冷や汗や朝日達の唾液まみれの体を洗い、朝日達の腹に背を預けて地面に腰を下ろす。
朝日達の腹からは体温の心地よい温かさ毛の肌触りの良さでかなりいい心地だ。
少し野生の臭いが鼻につくのは言ってはいけないお約束というやつだ。
「なあ、二人の好きなものって何?」
ただ暇だからとりとめもないことを訊いてみた。
「「ガゥッ!!」」
ムツキっ!!とな。
「…………いや、そういう意味ではあるけどさ……
ちょっと違うっていうか……」
純粋な好意に少し恥ずかしくなり、しどろもどろになり、ちょっと顔が熱い。
こんなこと初めてだからどう反応していいかすごく困る。
「に、2番目に好きなことは……?」
なんとか持ち直し、一番好きなことについては訊かなかったことにした。
「ガゥッ!」
「ガゥッ!」
ふむふむ。
アサヒが食べることでアサカが撫でられることか。
見事に意見が割れたな。
「そうか。アサカの好きなことは今でも出来そうだけど、アサヒの好きなことはまた今度一緒に何か狩りに行こうか」
と、申し訳無く思いながら、立ち上がって顔があるところまで行ってアサカを撫でる。
流石にあのすごく不味いフォーハンドエイプを食べさせるわけにもいかないからね。
「クゥゥン」
「ガゥッ!ガゥゥッ!」
絶対行こうね!それとアサカだけは狡い!だって。
「ごめんごめん。あっ、そうだ。
今後の予定伝えておくよ」
アサヒも撫でつつ、今思い出したとばかりに予定の話を持ち出す。
まぁ、本当に今思い出したんだけどね。
「「ガウ?」」
予定?と訊いてくる朝日達。
「そ。明日から何やろうか、ってやつね。
この村に獣人の子どもが二人いるの分かる?」
「「ガウ!」」
うん!ってそれはそうか。
感知能力も朝日達の方が高いから。
「その子達を町まで送りとどけないといけないんだ。だから、明日からは町まで歩くよ。いいかな?」
「「ガゥ!」」
うん!と勢いのよい返事。
「そうか。ありがとう」
お礼とばかりに、丁寧に優しく撫でる。
「「クゥゥゥン」」
朝日達も気持ちよさそうだ。
それにしても、嫌、と言われたらかなり困った。
カルマ達は何と言おうが、町に行かせなければならない。
二人はこの村ではもう生きていけないから。
子ども二人だけで生きていくにはこの環境は劣悪すぎる。
もし、俺が一緒にいたとしてもだ。
まず、魔物の襲来は俺がいれば、朝日達なみの魔物がこなければ問題はない。
でも、食料は?
まず、野菜が手に入らない。
村の周囲には畑があったけど、今は見るも無惨な状態だ。
育てるにしても時間がかかる。
それに、塩がない。
確か血液の浸透圧を一定に保つ効果があるらしく、生きるのに必須なもの。
岩塩なんか探しても分かるわけないし、ここは近くに森があり、それ以外は草原が広がっていただけだったはずだし、潮の香りもしない。
だから、海で製塩するのも無理、つまり入手は絶望的。
よって、生きてはいけない。
だから、嫌、と言われたらかなり困る。
せっかく助けた命。
無駄にはしたくないから送るしかない。
そうなると朝日達とは一時的とは言えども別れることになる。
それは、嫌だ。
俺自身が。
だって、朝日達はこの世界で、未だ味方も常識すらも分からない土地で初めてできた俺の味方。
淋しいから離れたくないし、一人というのは恐い。
カルマ達がいても、未だ心を開いてはくれてないだろう。
そうなると、カルマ達の心を開くために尽力しなければならない。
それに、俺は現在カルマ達を保護してる者だ。
甘えさせても、甘えてはいけない。
カルマ達が不安になるから。
だから、俺は独りだ。
無知で右も左もわからない状態で、形振り構ってられない状態で、だ。
俺は弱い。
この世界に来たとき、最初に感じたのは不安や恐怖だった。
でも、『生きる』と決めたから、強がった。
強がって、誓った。
それでも、恐いし不安だった。
押し潰されそうになった。
そして、今も不安だ。
それなのに、二人のことばかり気にかけていたら、俺は精神がガリガリと削られて、折れるだろう。
確実に。
折れてしまったら、俺自身どうなるかわからない。
もしかしたら、万が一に、典型的な、リストラにあって酒に溺れ、家庭内暴力を振るう父親のように、二人に対して罵詈雑言をわめき散らしたり、暴力を振るうようになるかもしれない。
なりたくない。そんな風には。
だから、朝日達が来てくれて、味方になってくれて、嬉しかった。
心の拠り所ができて安心した。
折れなくて済むと。
弱い俺の心はそれだけで救われた。
「ありがとう。本当にありがとう」
俺は頑張れる。
これから先のことが分からないことやなにも知らないことでの不安、いつ襲ってくるか分からない魔物への恐怖。
一人なら、折れていた。
否、心を許せる者がいなければ折れていた。
支えて貰えるなら耐えられる。
まだ先へと進める。
だから、そんな希望をくれた朝日達には感謝してもしきれない。
俺はギュッと抱きしめた。
2頭同時は無理だから、1頭ずつ。
朝日達は慰めるかのように頭を擦り寄せてきた。
暖かかった。
心も体も。
「――――うぁ?」
ジワッと胸のおくから、何か暖かいモノが流れ出てくる。
これは、この感覚は新たな武装を召喚できる時に似てる。
「「ガゥ?」」
どうしたの?と心配そうに訊いてくる。
「どうやら俺はもっと強くなれるみたい。
ちょっと見てて」
抱きしめることをやめて、朝日達から少し離れる。
そして、意識を集中させ、呪文を紡ぎだす。
「我が求むるは風の力。
其は千変万化なり。
時に微風に、疾風に、暴風になり得る。
今、武具となりて、我が前に顕現せよ。
魔箒 風精霊の竹箒」
ゴォッ!と俺の回りに突風が吹き荒れ、風が1つの形となった。
それは何の変哲もない竹箒だった。
だけど、風精霊の竹箒の能力が頭へと流込んできて、それが普通でないことが分かる。
それにこれは俺のだ。
フェルテルは風精霊の竹箒を持ってなかった。
だから、フェルテルからのお下がりではない俺自身の力。
俺が生きるために。
俺が助けるために。
俺が守るために。
手に入れた力。
だから、もっと強くなりたい。
手に入れた力を存分に振るえるように。
自分が守りたいと思うものを守れるように。
強くなろう。
今度こそ、後悔しないために。