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カルマたちがいた家から出て糞猿の死体を回収を再開し歩き出す。
俺にできることはたった2つだけ。
1つは今、出来る限り二人が落ち着けるように時間を稼ぐこと。
2つは、もし安全な町に辿り着いたのなら、精一杯援助すること。
それくらいしかできない。
カルマたちの心は俺には救えない。
カルマたち自身が乗り越えてくれない限り。
情けなくてヘドがでる。
それに。
辛い。
痛い。
苦しい。
悲しい。
救えなかった命があまりにも多すぎる。
けれど奪った量から見るとごく僅かだけれど確かに救えた。
お礼も言って貰えた。
例え形式的なものでも確かに言って貰えた。
だから、俺は大丈夫。
救えなくて、無力感にうちひしがれることはない。
もう、奪われるだけじゃない。
大丈夫。大丈夫。
俺はそう自分に言い聞かせた。
急いだにもかかわらずかなりの時間がたった。
その代わり、アイテムの欄にはフォーハンドエイプ×99が5つとフォーハンドエイプ×46の文字が写し出されていた。
それと形が残ってる死体はかなり少なかった。
胴体が残ってるのは10体もなかった。
1部分しか残ってないのでも20くらい。
とりあえず、一ヶ所に並べておいた。
後で、2人に了承を得て燃やさなければいけない。
そうしないとアンデットになってしまうから。
「ふぅ……あっ、もう夕方か……」
西に傾いていた陽は夕日で赤く染まっていた。
これは、この村で夜を越した方がいいな。
この世界で夜の移動は死ににいくようなものだし。
2人に伝えよう。
でも、その前に体を洗いたい。
沢山汗かいたからべとべとするし……
服についた返り血は…………固まっちゃってる……
洗っても落ちそうにないな。こりゃ。
一張羅なんだけどね……
仕方ないか。
まぁ、とりあえず、井戸に行こう。
糞猿の死体を回収してた時に見つけたから場所はわかるし。
井戸へとたどり着き、近くに置いてあった紐付きの桶を落として、紐を引っ張って桶を引き揚げる。
桶の中を見てみると、ちゃんと透明な水だ。
よかった……
使えなくなってたらどうしようかと思ったよ。
喉がカラカラに渇いているのに水をみた瞬間に思い出す。
でも、一応飲めるか確認しないと……
桶を傾けることで水を流して手を洗い、残りの水をちょっと手で掬って口に含んで転がしてみる。
味はまぁ水道水よりは旨いくらいかな。
つまり可もなく不可もなく。
舌が痺れたり気持ち悪くなったりはしない。
まぁ、大丈夫かな。
ゴクッと飲み込む。
渇いた喉に染み渡る。
そのまま何度か手で水を掬っては口に流し込む。
満足すると、服を脱ぎ捨てて全裸になる。
2つしかない気配も遠くのカルマたちを見つけた家にあるため見られることはないから大丈夫。
桶を再び井戸に落として引き揚げて水を頭から被る。
それにしても、これからどうしようか……
いや、まぁ、決まってるんだけどさ。
まず、二人にこの村から出ることを伝えないといけない。
そして、持てるだけこの村の物を拝借……
なんか火事場泥棒みたいだな。
でも、二人にほとんど渡すからそこは許して欲しいな。
それで町まで行って、魔物の死体を売ろう。
フェルテルの知識だと魔物にはF、E、D、C、B、A、S、L(LEGEND、伝説)の順に階級がある。
その階級が高いほどその魔物の肉は美味しくて高く売れ、皮や骨や臓器などの素材も性能が良くて高価で売れる。
糞猿の死体は階級が低いだろうけど、数があるからそれなりの金額にはなるだろう。
まぁ、売るのが大変面倒なため、多少は買い叩かれてもいいや。
金策はそんくらいかな。
次は街に行けるかだけど……
村の東側に街道にいけるだろう道を見つけたからそれもたぶん問題ない。
あとは二人の心かな。
役にたつかはわからないけどお兄さんとして頑張ろう。
無駄話なら得意だ。
桶を井戸のそばに置いて体をふこうとしたが――
「そういえば、タオル持ってきてなかった……」
仕方がなく上に着ていた服をタオルの代わりにして体をふく。
ふきおわったら、服は絞って井戸のところに掛けておいて、カボチャパンツみたいで、パンツのゴムの部分が紐で縛るようになってるゴワゴワしたパンツをはいて、ズボンをはく。
濡れた服は着ずに半裸――――って、本当に子供体型だな……
腹をつついてもプニプニ、二の腕もプニプニ、肌はもっちり脇毛も脛毛も生えてなくて、毛が薄い体質なのか産毛もあまりない。
勿論下の毛など生えてない。
どうやったら、源義経も真っ青な木々を踏み台にして跳ぶ事が出来るのだろうか……?
まぁ、ファンタジーだから、異世界だからとしか言えないか……
さてと、服を乾かさないと。
「舞えよ風よ吹けよ風よ『微かなる風』」
風を送って自然乾燥。
ドライヤーみたいに温風が出したかったけど、火属性の魔法が使えないから仕方がない。
暫く待つとまだ少し冷たいものの着れないほどではなくなった。
一応乾いた服を着て二人がいる家へと歩き出す。
「落ち着いた……みたいだね。
泣きつかれて寝ちゃったのかな?」
戸口から覗いてみると、荒らされた家の隅にあるズタズタにされたベッドに寝ているミーアと傷悴した顔で優しく微笑みながらミーアの頭を撫でているカルマがいた。
「……はい」
声は弱々しく酷く枯れていた。
「何か食べる?
水でも飲む?」
「…………いえ、入りません」
「そうか、床に座らせてもらうけどいい?」
「……どうぞ」
「ありがとう」
礼を言って、荒らされて散乱してる家具等が落ちてないところに腰をおろす。
さてと、頑張ろうか。
心を救うために。
「さてと、話をしないか?
できれば、こっちに来てくれないかな?」
トントンと床を叩いてここに座れと指示する。
「はい…………」
幽鬼のようにゆっくりと立ち上がり俺が指定したところに座る。
「その……まぁ、俺もさ。
妹いるんだけどさ。
いや、いたってのが正しいのかな……」
天井を見上げ、昔話でもするかのように、淡々と語り始める。
この世界にはいないから"いる"よりも"いた"の方が正しいだろう。
二度と会えないのは一緒なんだし……
でも、そう言った途端に悲しくなる。
また会えるかも、なんてあるわけがないのに、少し期待してたから。
でも、それは俺にとっては嬉しいかもしれないけど、葉月にとっては"別れ"をしなくちゃいけない悲しいことだから、胸の中にしまっておかないと。
あっちにいた方が幸せには違いがないのだから。
「…………死んじゃったんですか……?」
カルマの問いに現実に引き戻される。
随分直球で来るな。
まぁ、ある意味死んだってのは正しいな。
死んだのは俺だけど……
「一応は生きてる……のかな?
でも、とっても遠くの所にいるんだ。
それこそ、もう二度と会えないくらいに」
「…………そうなんですか」
「そうなんだ。
でさ、俺と妹、血が繋がってないんだよね。
というか、俺は父さんとも母さんとも血が繋がってない」
「どうしてですか……?」
「死んじゃった。
産んでくれた母さん、父さん、二人とも」
今の家族は、義理の家族。
元は産んでくれた母さんと父さんの友達だったらしい。
でも、俺は本当の家族だと思ってる。
血は繋がってなくても、記録では義理でも、過ごしてきた時間は、教えてくれたことは、感じあってきた心は、本物だから。
天井に向いていた顔を、隣で踞ってるカルマへと向ける。
「カルマが失ってどう感じたかはわからないけど、失った時にどう感じるかは何となくだけど分かる」
その時思った気持ちは、その人にしかわからない。
でも、どう思ったかは表情や目や雰囲気で何となく分かる。
コイツは俺と似たようなことを思ってる、って。
カルマはただ静かに俺の話を聞いてくれている。
ただ聞いてるだけなのか、それとも、ちゃんと"心"で聞いてくれているのかはわからない。
俺は、ちゃんと聞いていて欲しいけど、今俺がやってるのは、説教みたいなもの。
相手が聞いてくれなければ、ただの自己満足で終る、そんな話。
それでも、俺は話続ける。
少しでも救えることを願って。
「だからかな、今のカルマみたいな目をした人間を見てらんない」
自分は全てを失った、みたいな目をされて放っておけるわけがない。
「俺、言ったよね?
カルマは強いなって、でも、その目は、その行動は、本当に強いのか?
今のカルマを見てミーアはどう思うと思う?」
「…………だからって……だからって……!
母さんや父さんが居なくなって悲しくなっちゃダメだって言うの!?
恐がっちゃダメだって言うの!?
僕は!!僕はまだ子供で!!
僕はまだ子供なのに!!
それでも!!ミーアのために……ミーアのために!!頑張ってたのに!!
アンタは何が言いたいんだよ!!!」
目から涙を溢れさせ、俺につかみかかってくる。
そんな行為をされても俺は動じない。
俺も、同じようなことをしたから。母さんに。
家族が居なくなって悲しくて、家族が居なくなって不安で、なんで俺たちだけがって不条理さに怒って、これからのことが怖くて、もうこの世の全てが敵のように思えて、ただただ辛かった。
母さんには張り倒されて「甘ったれたことグチグチ言ってんじゃねぇ!!」って怒鳴られたっけ。
そして父さんに慰められて、今の俺がいる。
今思うと不器用な母さんなりに俺を奮起させようとしたんだと思う。
母さんや父さんみたいに上手くできるかわからないけど、俺なりにやってみよう。
俺なりに救ってみよう。
「俺が言いたいのは、強がるなってこと。
もう十分強いところは見せてもらったよ。
だからさ、弱いところも見せてくれ。
今なら、ミーアも見てない。
だから、泣いたっていいんだ。
悲しんだっていいんだ。
それでさ、明日になったら、ミーアにとびっきりの笑顔を見せてやれよ。
きっと安心するぜ?」
落ち着いた声色で素の口調で話す。
嘘偽りなく本当に思ったことを、本当に伝えたいことだけを話す。
これが育ててくれた"両親"から教えてもらったことだから。
「…………本当に泣いていいの?」
「ああ。
思う存分泣け、泣き疲れるまで泣け。
そんな酷い顔は今日までにしておけ」
「うぅ……うぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
ぁぁぁぁぁぁ!!」
大声をあげて泣くカルマを優しく抱きしめ、頭を撫でる。
流した涙はふくものだからな。
「よくやった。お前がミーアを守ったんだ」
勇敢で妹思いな"勇者"が泣きつかれて寝るまで俺は撫で続けた。
少しでも安心できるように、少しでも癒されるように。
俺にも救えたかな……?
母さん、父さん。