9.買い物
巨大デパート、店舗名、ミラーバード。
カンオケマンションから徒歩十五分。六階まで存在しているデパートであり、この鏡鳥町唯一にして最大のデパート。洋服、雑貨、食品、娯楽と何でもござれ。
そんな大きなデパートをロトナは見上げていた。その様子はまるで子供のようである。
「……こんなおおきいところで買うの……?」
ロトナは視線をデパートから俺に移して聞いてくる。記憶喪失ゆえなのか、デパートすら知らないようだ。
「まあ、ここならあるだろうしな。それに、ここなら待ち合わせしやすいし」
「誰かくるの?」
「呼びたくなかったけど仕方なくな。俺だと、わかるものもわからなくなる可能性ってのもあるし」
俺の言葉を聞いて、首を傾げるロトナ。
実のところ、俺は来る前に家の電話で待ち合わせをした人物がいる。本当は言いたくなかったんだが、ロトナは記憶喪失。そんで俺は女性の下着だのファッションなどには滅法疎い。となれば、呼ぶべきだと思ったのだ。居候するのに、俺の古着だけで過ごすのはどうにも可哀想だしな。
「多分、二階の洋服売り場辺りにいるだろうからそこに――」
「弥京くーん!」
歩を進めようとした今まさにその時、先ほど電話していた相手と同じ声が後ろから聞こえてくる。どうも俺達の方が先に着いていたようだ。
後ろを振り向くと、やはりニット帽を被っている上雪菜切が手を振ってこっちに向かって来ていた。私服ではなく制服をつけている辺り、まだ家には戻ってなかったのだろうか。……俺もまだ制服付けっぱなしだが。
「遅いぞ、菜切」
菜切は足を止めて俺達の前に立ち、軽く息を吸って吐く。
「酷いよ弥京くんは。突然あんな電話しといて遅いななんて言い草はないと思う。お前っていつもどんな下着はいてるの、だなんてセクハラ電話を受けた私の気持ちにもなってほしいよ」
「だ、だからその後に弁解しただろ。そこにいるロトナのために聞いたって」
俺はロトナの方に目線を向ける。すると、ロトナの方に顔を向けて目を輝かす菜切。
「この子が弥京くんの彼女なんだね!」
「違う」
即座に否定。菜切は再度こっちに顔を向けてくる。
「じゃあ、なに?」
「なにって……居候だよ。記憶喪失で身元がないから、その身元が見つかるまで置いとくってなだけだ」
「……やましい気持ちで?」
「なわけあるかっ!」
声を荒げて反論すると、声をあげて笑い返してくる菜切。こんな風におちょくられると知ってたからこいつには言いたくなかったんだよ。
「あはは、そんな怒らないでよ弥京くん。こんな時じゃないと弥京くんに面白そうな顔させられないんだもん。毎度気だるそうな顔だし」
「それをさせられるのが嫌なんだよ。まったく」
それに俺はそんな無愛想にしていない。……たぶん。
おっと、ロトナにちゃんと説明しておかないとな。
「紹介遅れたな、コイツが俺の学校のクラスメイトの上雪菜切だ」
「……はじめまして、ロトナ・プレグリンス、です」
ロトナは菜切に向かって頭を下げる。頭を下げられた菜切はというと、陽気な表情を見せながらロトナに向かって手を差し出す。
「うん、はじめまして! 私は上雪菜切だよ!」
悪意とかさっぱり無さそうな、ザ・お人よしを象徴するような顔。そんな顔に安心したのか、ロトナも手を差し出し、握手を行った。
「それにしても可愛いねー。サラサラの銀色の髪に小柄な体格、それで出るとこも出てて羨ましいなー!」
「――っっ!」
そして早速ロトナの髪やら手やら胸やらをペタペタと触り始める菜切。仲良しになれてなにより――
「って、お前はこんな公共の場で何をしはじめてんだ」
「あっ、つい。ロトナちゃんが魅力的過ぎて」
「つい、でこんな場所で触り始めるなよ全く……ほら、ロトナもお前に警戒してるぞ」
俺の背後に隠れ、ロトナは警戒して菜切を見ている。そんなロトナを見て、菜切は申し訳なさそうに苦笑して両の手を合わせる。
「ご、ごめんねロトナちゃん。もうしないから、怖がらないで欲しいかな」
「…………うん」
ロトナはしぶしぶとした様子で前に出てくる。それを見て、菜切は落ち着きながら笑顔を見せてありがとうと返答した。
「それじゃ、さっさと買い物行こうぜ。お前を呼んだのもそのためだしな」
「なんか便利道具扱いされちゃってる気が……でもいっか。ロトナちゃんと会えただけで儲けものって奴だよね!」
「……お前、なんかテンション高くないか?」
「だって、可愛い子と洋服選び出来るなんて嬉しくて仕方ないもん」
嬉しそうに顔を緩ませる菜切。……さっぱりわからない感性だな。けれど、菜切を呼んだのは正解だったのだろう。いい感じにロトナとも打ち解けてくれそうだし。
「嬉しいならそれで何より、けど出来るだけ安いので頼むぞ。一応、一人暮らしだしな」
「……ロトナちゃんの分、弥京くんが出してあげるの?」
「貸しとしてな。別におごるとかそういう訳では――」
「やったよロトナちゃん! 弥京くんの自腹切りだから自由に洋服選んで買い込んじゃおうね! さあ、いこーっ!」
「なっ、菜切おまえっ……!」
まだ言い切ってないのに都合のいい解釈しやがったアイツ!
それを止めようと手を伸ばすももう遅い。菜切はロトナの手を引いてデパートの中へと走っていった。あ、あのバカにやっぱ頼むべきじゃなかったかも知れない……!
嫌な予感がしながらも、俺は二人の後を追った。
++++++
デパート内に入ると、多くの人に隠れて既に二人の姿は見えなくなっていた。もう二階へ上がってしまっているんだろう。
だが、今二階に行ったところで俺にすべきことはさっぱりない。洋服のことを聞かれてもちんぷんかんぷんなことこのうえない。
なので、少し見回ってみるとしよう。むしろ今行ったところで振り回されるのがオチな気もしなくはない。
一階は食品売り場と飲食店で構成されている。ここには時間を潰せそうなものも無いし、上にあがって娯楽のある四階に行くとしよう。ゲームセンターや本屋もあるし。
「ヒャッハー! 飯はいただいたぜウッヒョー!」
異様にテンションの高い声が耳に入る。その声の方向を見ると、食品コーナーから虎の獣人らしき人物が食い物を持って逃走していた。時々いるんだよな。ああいう無謀な真似をしてる奴。逃げるのなら声も出さずに怪しまれないようにというのが万引きの基本なのではないだろうか。やったことないから知らないが。
どんぐらい強いは知らないが、あの様子だとノリに任せて万引きしてるって感じだ。ここは、善人ぶって万引き防止のお手伝いでもしておきますか。合法で殴れるし。
そんな考えで追おうとしたとき、虎の獣人はドンッと人に正面からぶつか――げっ。
似非正義感で動こうとした足が止まる。何せ似非なのだ、正義の心じゃなく偽善的な心なのだ、脅威の前には足を止めずにいられない。
「ちっ、邪魔なんだよこのアマァ!」
だが虎の獣人にはぶつかった人物は脅威に見えなかったのだろう。なので、障害物をどけるように腕を振り払いながら走ろうとした。
しかし、振り払うことも走ることも叶わなかった。
その人物は、いとも容易く振り払う腕を掴んで止め、足を引っ掛けて虎の獣人を転ばせ、その勢いで虎の獣人の腕を後ろへと持っていった。
「邪魔はアンタよ」
まるで氷の刃とかそんなイメージが伝わるような声で虎の獣人に声を発する。短く髪を結った、レディーススーツを着こなすきっつい目をした女性。そんで、悪魔が人間になったような凶悪人物。
極悪人どもの天敵、《警者》の一人でもある女警官、檻式 優音がそこにいた。




