7.記憶
紫腕撃。
腕に紫光を纏い、拳が接触した瞬間に紫光の威力を爆発させて放つ一発。そのせいか、撃ち終わった後は展開した紫光が枯れ果てるように消えていく。今も、手の先から紫光が剥がれて行くように消滅していっている。
だが、あくまで紫腕撃は敵を打ち倒す一発ではなく弾き飛ばす一発。実際の威力は俺の拳の威力にややプラスアルファで強くなった程度のものだ。けれど、あのドクターはそんな強い方でもなかっただろうし。今のは十分キツイ一発だっただろう、思いっきり殴ったし。
……もしかして死んだ、とかないだろうな。
だが、俺の不安を消し去るかのようにドクターRは起き上がってくれた。鼻から血が垂れてしまっているが、気絶させる勢いで殴ったからむしろ立ってきたことに驚きだ。
「う、うぐぐ、お、おのれぇ……!」
ドクターRは足を小鹿のようにガクガク震わせている。結構ギリギリのようだ。そして、そんなフラフラな状態で足を一歩踏み出し、こちらに指を差してくる。
「お、覚えていろよ能力者……必ずや、必ずや僕の最高傑作を取り戻しに来るからなぁ!」
鼻を押さえながらそう言うと、よろよろと家から去っていった。……なんだったんだよ結局。
まあ何はともあれ、とりあえず……踏まれた漫画の整理でもしようと、汚れてしまった漫画を見て思った。
++++++
汚れた漫画の整理と部屋の掃除を行い、俺とロトナは机の前に座っていた。テレビには日本のドラマが映っている。世話しないという程に主人公と思わしき女性が駆け回っている。
「……お前も大変だな」
そう呟くと、ロトナは首を傾げてくる。
「……なにが?」
「何が、ってお前知らず知らずのうちに改造されてたんだぞ。どこまでが改造されてたのか知らないけど、怪しげな装置が組み込まれているのはあのドクターの発言でわかっただろ。確か、アーギルドだっけか」
「いいの、べつに」
「どうしてだよ」
「そんなに困ってないから。からだも動くし、息も吸える。それに――どうせ、今までの記憶なんかほとんどおぼえていないから」
記憶をほとんど覚えていない……?
「お前、記憶喪失なのか?」
「……多分。それまでの記憶は、あやふやだから。何をしてたのかも、どこで生まれたかも思い出せない。名前を思い出したのも、ほんとにいまさっきだった」
「……どのあたりからの記憶があるんだ?」
「あの熊の人と出会った辺りまではちゃんとおぼえてる。あの博士みたいな人とあったのは、うっすらだけど記憶にある」
淡々と語るロトナ。その顔に嘘は感じられない。
「なるほどな……なら帰る家が無いってのも納得だ」
さっき飲んでいた水とは別のペットボトルの水を、冷蔵庫から取り出す。そして、紙コップを棚から出して注ぎ、ロトナに渡す。
「どちらにせよ、住む家がないなら泊まっていけばいいさ。お前の好きにすればいい」
「……うん、ありがとう」
「思い出すといいな、記憶」
「……うん」
そう言い交わしたあと、自分の紙コップにも水を入れ、一気に飲み干した。
++++++
「みーたーぞー」
「おわっ!?」
次の日。教室についたと思えば背後からいきなり沈むような声で鳥彦が喋りかけてきた。なんだいきなり。
「俺は昨日見てしまったぞー、お前が、お前が……銀髪少女をお持ち帰りしていたところをなぁ!」
俺に指をびしりと差して来る鳥彦。しまった、まさか見られていたとは。
「昨日、一人で寂しくゲーセン行って青春の空しさを埋めようとしていたらお前は銀髪少女を背負って青春の甘酸っぱい一ページを記録しやがってぇ……! その後涙を流してゲーセンで脱衣マージャンやりに行った俺の悲しさがわかるかぁ!」
「落ち着けよ。そんな甘ったるいことは何にもなかったよ」
「ならハードなことを行ったってのか!? なんて鬼畜! 気だるそうな顔して内面どすけべ!」
「だから落ち着け。人をそんな変人みたいな言い方すんな」
朝だってのにどうしてこんなにハイテンションに物事を語れるんだこいつ。
「第一お前の誤解だ、偶然出会って助けただけだ」
席につき、俺は頬杖をついて言う。俺に続くように鳥彦も自分の席に座る。
「そんな偶然あってたまるか! うらやまけしからん!」
「あるんだから仕方ないだろ」
「くーっ、なぜだ神様! 俺のように恋と愛に生きる男には偶然を与えずにこんな気だるげに生きるような男に偶然を与えるのだぁ!」
「大分失敬なこと言ってくれるじゃないかこの野郎」
もちろんそれを俺も自覚しているではあるのだが。
「そんで、銀髪少女はどうしたんだ?」
鳥彦の質問に気分が重くなる。言いづらい質問かつ、聞かれると思っていた最悪の質問。
ロトナは疲れもあったのか、あの後すぐに眠り、今も俺の家でゆっくりと眠っている。それはべつに構わない。しかし、他人に知られるとなると話は別だ。
特にこの橋間鳥彦にそれを言ってみろ、面倒くさいことになるのは絶対に確定なのだ。
「…………さあ、助けた後のことは知らねえ。いつの間にかどっかに消えたよ」
という訳で虚言を吐いた。嘘ってのは吐いてばかりはいけない、いざという時に吐くからこそ嘘は役に立つのだ。俺はあまり嘘をついたことがない、だから信じて――
「めっちゃ嘘くせぇー。お前もしかして、自分の家に連れ込んだじゃねぇのかぁー?」
……信じてくれなかった。それも勘がいい……!
「そんなわけないだろ、俺が嘘をついた時あるか?」
「あまり無いな。だが俺の勘が言ってるんだよ、今日のお前は怪しいとな」
実は相手の思考を読む能力が備わっていると言うぐらいの勘のよさを発揮しやがってコイツ。
「なら、お前の勘は間違っていると言わせて貰う」
「ほほう、いつに無く否定的だな弥京くん。やーっぱなんか怪しいぞー、怪しいぞー」
疑いの眼差しでじっと見つめてくる鳥彦。コイツの勘の良さは一体何なんだ。
どうしようかと考えていたとき、誰かと話していたと思われる菜切が戻って席に着いた。ナイスタイミング。
「なあ菜切、コイツどうにかしてくれ。人に熱視線を送ってくる」
俺は菜切の方へ身体を向け、親指で鳥彦を指す。
今日もニット帽が印象的である菜切は俺の言葉を聞いて不思議そうな顔をさせる。
「えっ? 鳥彦くんって弥京くんのこと愛してるの?」
「ちょーっと待てぇぇっ!」
大声と主に鳥彦が席から立ち上がって、菜切に詰め寄る。いつに無く真剣な表情を鳥彦は見せている。
「何を誤解させる発言してるんだいなーぎりちゃん! いいか菜切、俺は女が好きだ。何が好きかってたわわなおっぱいだ。柔らかそうなお尻だ。可愛らしい顔だ。全てが揃ってたらスリーセブン、俺はその子に身も心も捧げよう。例え性格が悪かろうとも、容姿の前では些末ごとだ。ああ、けどやっぱ可愛ければなんでもいいな。出来れば女教師とか婦警さんとかにこう素敵なお誘いを受けてしまいたいというのが俺の夢でもあるな。サディスティックなプレイもマゾヒストなプレイもダブルオッケー。そんな俺が男を好む? やめてくれ。平行世界というものが存在していようともそんな俺がいたら半殺しどころか存在抹消する! いかなる手段を使ってでもなぁ!」
「あ、うん、ごめん。鳥彦くんの変態さを知っててこんなこと言っちゃって」
発言はわきまえろよ菜切。と言って、どこか清々とした顔で落ち着く鳥彦。そういうのは言うべきじゃない情報だというのに、なんでこうまで自らの欲望を素直に開示してしまうのだろうか鳥彦は。変態とか言われてしまってるぞ。
とはいえ、とりあえずこれで話は逸らせ――
「あっ、そう言えば弥京くん」
「ん、なんだ」
「弥京くんがおぶってたあの銀髪の女の子、もしかして彼女ー?」
小悪魔のような笑みを見せて菜切は問うてきた。…………どうやら、助け舟かと思えば敵の増援だったとわかり、思わず溜め息を吐いた。




