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6.ドクターR(リバース)

「ってぇ……」


 ガラスを突き破り、網戸を超えてベランダまで投げ出されちまった。柵が無かったら地面に投げ出されてたぞ。

 ただの鉄板と成り果ててしまったドアを退かし、俺をぶっ飛ばした奴の姿を確認する。


 まず目に付いたのは右腕に装備されているオレンジ色の腕型機械。非常に目立つ。普通の腕よりも五回りぐらい大きなそれは、今にもロケットパンチなんてものを撃ってきそうなフォルムをしている。次に、ボタンを全くとめていない薄汚れた白衣。実験の失敗した発明家のような汚れ方をしている。

 最後に、顔。ガンガゼ頭っぽいが、ところどころ普通に髪が跳ねている。何よりも、獣のような目つきが印象的な男だ。


「ほお、やるじゃないか少年。気絶どころか意識をはっきりさせているとは。ヒヒヒ、改造のし甲斐があるなぁ貴様も」


 家の中に入ってきて、手をわきわきと動かし口を歪ませる変人。なんなんだコイツは。


「……この人、見覚えがある」


 立ち上がっていたロトナは袋ごとドーナツを持ちかかえ、変質者を見てそう呟く。見覚えある、か……ってことはもしかしてコイツは――って何をもしゃもしゃ食い直してんだロトナの奴。案外余裕かアイツ。

 だがそんな余裕綽々そうなロトナを見て、変質者は口をこれ以上ないほどに吊り上げた。


「ふ、ふふふ、やはりここにいたのだな僕の最高傑作!」


「……最高傑作だと?」


 言葉を発しながら立ち上がる。唇を少し切ったか? まっ、これぐらいならすぐに治るだろ。


「ヒヒヒ、そうだ、彼女は僕の最高傑作……になる予定の子だ。おっと、自己紹介が遅れたね。僕の名はドクターリバース! この世界の支配者になるべき科学者だ!」


 両手をかかげ、ハハハハハと大きく笑う変質者。支配者ねぇ。つまり世界征服か。


「無理だからやめとけって」

「なぬぅっ!?」

「お前もわかってるだろ? この世の中、ロボット作れたりする程度で支配者になろうなんて甘すぎるってよ。魔法使いとか能力者だけならいざ知らず、怪物だったり古代文明の超技術持ちロボット、神様だか魔王だか女神だっていたりする世界だぞ? せめて月裏征服にしとけって」


 その月裏にもそいつらレベルのがいるというのは言うまでもないことだが。


「ぐぅーっ! 貴様もそこらの凡百と同じようなことを語るか! 僕とて科学者の端くれだ、何の勝算も無しにこのようなことは考えん!」

「へえ、なんなんだよその勝算って」

「決まっている、彼女だ!」


 ドクターRはロトナに指を差す。ロトナ本人は何のことやらと言った表情でドーナツを未だに食べている。


「我が先代、初代ドクターRが作り出した自動魔力製造系内臓装置、《アーギルド》! 僕は彼女にそれを施したのだ!」

「《アーギルド》……?」

「ヒヒヒ、そうだ。我が先代は君の言った古代兵器のような超技術に対抗するために魔力装置を開発させた。しかし、それではまだ足りなかった! そう、ただの魔力装置ならば凡百の科学者達が既に製造している。だがだ、それを無限に出来ればと我が先代は考えた! そして、僕の世代になりようやく完成したのだ! 人の生命エネルギーを利用しながら、魔力の製造を行う装置、《アーギルド》をな!」

「嬉々として喋るのは構わないんだけどよ、それがロトナと何の関係があるんだよ」


「大アリさ!」


 ドクターRは眉を寄せながら、右の腕型機械でグッと拳を作る。


「彼女にはそのアーギルドを装着させたのだ! そして見事なまでに実験は成功! 彼女は見てのとおり動いているのだからな!」


 再び大笑いするドクターR。待てよ、つまりロトナはなんなんだ? アンドロイドで無いとすれば、考えられるのは……。


「……サイボーグ、ってことか?」


 呟いた言葉にドクターRは笑みで返す。

 サイボーグ――身体に人工物を組み込み、部位の代替や身体機能を増加させた生命体。けれど、それには許可が必要だ。本人の承諾と言う奴が。


 そして、あのキョトンとしているロトナの顔。こりゃもしかして……。


「違法改造したのか、あんた」

「違法? 馬鹿だな君は。これは名誉だ。この僕、ドクターRによってアーギルドを組み込まれた彼女はまさに幸運! 人生における幸福とも言えよう!」


 そりゃどうかと個人的には思うんだけどな。

 そんな俺の考えなど伝わることなく、ドクターRは話し続けていく。


「ただやはり、代償は付き物と言うべきか研究所が破壊されてしまったがそんなことは些細なこと! さあ僕の最高傑作! 今から君にドリルやハンマーの装着を行い、そしてその胸部の無駄な弾力を省きミサイルに変更した後、その眠たげな目にセンサー式の機械の眼を取り付けて銀色の髪を全て伸縮性に富んだワイヤーに変更し、ひ弱そうな腕を太くして着脱式にし、ロケットパンチを可能にさせた後に脚部にブースターを装備させて脆そうな足をメタリックにさせて完全体となろうじゃないかぁ! ヒーヒッヒッヒィッ!」


 狂気的に、ドクターRは歓喜する。正直、今何をくっちゃべってたのかさっぱりである。ロトナ本人も、そのオーバーすぎるテンションに少しばかり引いているのが見て取れる。ここいらでお喋りは終わってもらうとしよう。


「妄想を垂れ流しにするのは良いんだけどよ、とりあえずドアを修理してくれよ。管理人に追い出されるなんて俺勘弁だし」

「ふむ、それならば安心するんだな少年」


 安心? と考えた途端。機械の腕をこちらに向けてくる。そして、指を伸ばし――


「この場所は、僕の新たな拠点として利用させてもらうのだからなぁ!」


 機関銃を五つ連続で同時発砲させるかのように、五本の指から弾丸を連射させてきた。……だが不意を食らったなどとは、思わないぜ。


 右手を突き出す。そして――放たれてくる弾丸を、全て防ぎとめる。


「なにぃっ!?」


 うるさい音を鳴らしながら発砲するドクターRの驚く声。

 そして、発砲が止む。ドクターRの右腕の指からは、弾を出し切ったかのように煙が出ている。仮にまだ残っていても、問題はない。


「なんだドクター、終わりか?」


 挑発するように、言葉を吐く。俺を狙っていた弾丸はその威力を発揮することなく、地面に転がっている。


「ええい、貴様…………貴様! なんだ、その能力は!」


 ドクターRは腹立たしげに俺の右手を見て指を差す。いいや、正確には――俺の右手から発生している、弾丸を防ぎきった紫色の光を見てだろう。


「見てのとおり、紫色の光だよ。そして見てのとおり、ただのカラーライトでもないけどな」


 うすらぼんやりと揺らめくような紫色の光。俺は、紫光しこうと呼んでいる。まんまなネーミングだが、無いよりはマシだろう。


「ただの光でこの僕のR式橙色鉄拳型パワーマシンガンアームクラッシャーの弾丸を防げるはずがないだろうがぁ!」

「その通りだよ。だからこの変な光を盾にして防いだんだろ、光の壁って奴でさ」


 再度、右手から弾丸を防いだ紫光の盾を出す。紫光は俺の全身を守るぐらいの四角形になって展開されている。

 それでも納得できないという表情をしているドクターR。というかその腕そんな名前だったのか、めっちゃ長いな。


「ぐぅっ、忌々しい能力者め! 貴様らの存在は機械を作りし者にとって害に等しい!」


 ドンドンとじだんだを踏んで怒るドクターR。そんなことを今更言われてもだな。


「ともかく、まだこれぐらいなら許してやるからとっとと帰っとけって。違法改造なんてバレたら警察に捕まるか殺されるぞ」


 俺は展開していた光の盾を消す。出しっぱなしにするのも疲れる。ドクターも撃つ様子は見えないしな。


「ぬぐぐ……! こ、こうなったら……!」


 ドクターRはうろたえながら、身体をロトナの方に向ける。


「僕の最高傑作よ! あのうざったらしい能力者を破滅させろぉ!」


 右手で俺に指を差し、ドクターRはロトナにそんな命令を下した。もしかして、サイボーグにした時に命令を聞かせる何かでも装着させ――


「……いや」


 ……てなかったようだ。


「何故だぁ! 君は僕の最高傑作なんだぞ! そして行く行くは君の量産計画をも考えて世界の征服を行うというのに!」

「……そう言われても」


 ロトナは困った表情を浮かべる。その気持ちはよくわかる。まさしく、そんなことを言われてもって感じだろう。

 そんな否定的な態度を見せられてしまってか、ドクターRは歯を食いしばりながらこちらを睨む。


「仕方ない、ならば教えてやる! このR式橙色鉄拳型パワーマシンガンアームクラッシャーの接近戦闘能力の高さをぉ!」

「いや、そりゃ困るって。見ての通り今俺の家の中は漫画だらけで、暴れられたら俺の漫画がボロボロになっちまうんだって」

「知ったことかぁーっ!」

「ああっ!?」


 俺の漫画を踏み潰しながら俺の方へ向かって来るドクターR。こいつ、よく見たら靴も脱いでねぇし! 他の大陸と違って月裏じゃ靴脱ぐ文化ってのがあるってのに!


「さぁ、もう一度食らってしまうがいい! 我がR式橙色鉄拳型パワーマシンガンアームクラッシャーの力をぉ!」


 ヒッヒッヒと笑いながら、機械型の腕を振りかぶってくる。野郎、上等じゃあないか。人の家に土足で踏み込んで、あげく俺の漫画をボロボロにしてくれやがって!


「潰れてしま――ぶぉえっ!?」


 ドクターRの声が途切れる。いいや、正確にはドクターRの拳を右に上体をそらして避け、即座にドクターRの腹部に向かって拳を打ち込んで途切れさせた。

 コイツには少しばかりお灸ってのをすえてやらなきゃならねぇ。ちょっとばかり、暴れすぎだぜこの野郎。


「さっきの礼だドクター。一発分…………今返すぜ!」


 右拳を力強く握る。それと同時に右腕を纏わせるように紫光を包ませる。

 そして、腹部を押さえてよろめいているドクターの顔面に直線的な拳の一撃を打ち込み――玄関の方へと、殴って送り返した。

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