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5.銀髪少女

「さっぱりしたか?」


 Tシャツとジーパン姿の銀髪少女に問うと、こくりと無感情に頷いた。水と一緒にドーナツの入った袋を取り出し、机の上に置く。


「それ、食って良いぞ。エネルギー足りてないんだろお前」

「……これ、なに?」

「ドーナツだよ。好きな種類のドーナツじゃないからいらないとか言うんならいいけどよ」

「……そんなことない、ありがとう」

「気にすんな。着てたのはそこのかごにでも入れとけば後で洗濯しとくよ」

「何から何まで、ありがとう」


 ぺこりと頭を下げる銀髪少女。着けてたのをかごに入れて、机の前に座る。そして、袋に入っていた紙でドーナツを取って口に運ぶと、眠そうな目が少し驚いたように見開く。


「……美味しい」

「そりゃ良かった」


 ペットボトルの水を飲む。さてと、本題に入るとするか。


「で、聞きたいことがあるんだが、聞いてもいいか?」

「うん、なんでもどうぞ」


 ドーナツを小さい口でもしゃもしゃと食べる銀髪少女。そんなに気に入ったのか。


「まずはお前の名前だな。なんて言うんだ?」

「……名前?」

「ああ、そうだよ。もしかしてアンドロイドだから製造番号しか知らないなんて言うんじゃないだろうな」

「…………」


 思い浮かべるように、顔を上に向けて考え始める銀髪少女。おい、本当にロボなのか。アンドロイドなのか。


「……あっ、思い出した」

「思い出した?」

「うん。私の、名前」

「……自分の名前を忘れるなんて珍しい奴だな」


 風呂まで入ってまだ寝ぼけてるのかコイツは。でも、ロボではないようで何よりだ。


「で、名前なんて言うんだ?」

「ロトナ。ロトナ・プレグリンス」

「ロトナか。そんでロトナ、お前は――ってどうした、そんな茫然とした顔して」

「……なんだか、久々に自分の名前を聞いた、気がしたの」

「…………そうか」


 気のせいか、なんか嬉しそうな顔を見せているロトナ。独特なマイペースを持ってるな、コイツは。


「まあいいや。んで聞きたいんだが、研究所破壊したのってお前なのか?」

「けんきゅう、じょ?」

「ああ、昨日の夜に破壊された研究所。目撃者からは、銀髪の女性――つまり、お前が破壊した可能性があると言われてる訳だが」

「……多分、破壊したと思う」

「なんであやふやなんだよ。別に通報なんてしやしないから安心しろって」

「……あんまり、覚えてないの」

「覚えてない?」


 ロトナは二度頷く。んじゃあ、考えられることは一つぐらいか。


「魔力暴走か。お前、魔法使いみたいだしな」


 特異な力を持つ者は、時に波打ってくる強力な自分の力を抑えきれなくなってしまう場合がある。それによって、理性から本能を軸に力を自由に使用し、力を発散させるために暴れまわってしまうのだ。それは能力者も魔法使いも、それ以外の力の持ち主にも共通している。実際、暴走事件と呼ばれるものも良くある話であり、それで止む得ず警察に殺されてしまうという事象も多く存在しているぐらいにメジャーだ。


 でもなるほど、それなら力尽きてしまったのも納得だ。力の暴走は基本、力が空になるまで暴れまわるからな。俺も昔暴走したことがあるが次の日がかなりしんどかったしな、あの頃は若かった。何より殺されなくてよかった。


「でも運が良かったな、研究所破壊だけで暴走が抑えられて。いや、もしかしてあの緑熊男にもお前、力を発散させるために挑んだのか?」


 再び頷くロトナ。……本当に運が良かったんだなコイツ。


「けんきゅうじょのことは曖昧だけど、くまの人のことは覚えてる。身体が熱くて、今にもおかしくなっちゃいそうだから、暴れてる人に向かって暴れようと思った」

「いなかったらどうしてたんだよお前……」


 呆れた声を出してしまう。下手すりゃコイツによる人身被害の暴走事件起こってたかも知れなかった訳だ。そして、つまるところさっきのアレは暴走してた奴同士の勝負だった訳だ。熊男に感謝すべきだなコイツは。


「…………」

「なんだよ、黙っちまって。もしかして今頃気に病んでるのか? あんま気にするなよ。どうせこの国じゃ、そんなん当たり前みたいなもんだ」

「……ううん、そうじゃないの」

「じゃあ、なんだ?」

「私は、魔法、使えてたのかなと思ったの」

「あの魔力の放出は間違いなく魔法の類だったと思うが。というか、撃ったおまえ自身がわかるだろ。いくら暴走状態とは言え、覚えているってことはある程度は理性が残ってる状態で戦ってたってことになるし」

「……そう、だよね」


 どこか腑に落ちない表情を見せるロトナ。やっぱりコイツはよくわからん奴だな。力を持つ者だと変人なのはそう珍しくもないことだが、こいつはそれでも結構変人の部類に入ると睨んだ。


「まあ、ゆっくりと考えればいいさ。行くアテないならウチを使ってたっていいしな」

「……いいの?」

「いいよ。身の危険を感じるとか思うなら出て行くべきとか思うけどな。俺は俺の行動を縛られないなら別に構わない」

「でも、迷惑に」

「よほどのことがなきゃならないっての。お前が事件起こしたりとかしなきゃ別にいい」


 起こされたら殺されるしな、俺も。

 冷徹警察鬼女傑を頭に思い浮かべてそんな嫌な未来を想像していると、ロトナは微笑み、


「ありがとう、弥京」


 そんな感謝の言葉を、俺に向けて言った。………………ぬう。


「……どうしたの?」

「……いや、何でもない」


 不覚にも、可愛いとか思ってしまった。……なんか今日の俺はどっかおかしいぞ。いかんいかん、もう少し冷静になれ俺。会話をまずは続けよう。


「け、けど、よ、行く場所ないってことはやっぱりお前が住んでいたとこは研究所だったってことか?」

「……それは――」


 ロトナが話していこうとした、その時であった。

 ゴンゴンと、鉄製のドアを叩く音が聞こえた。誰だ、なんかの勧誘か?


「悪い、ちょっと待っててくれ」


 立ち上がり、ドアの前に立って覗き穴を見る。ん、誰だこい――



「パッワァァー! アームクラッシャァァァー!」



 瞬間。

 衝撃と共に、俺はドアごと反対側のベランダへとぶっ飛ばされた。

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