3.遭遇
授業も終わり、生徒らは楽しそうに下校する。ある連中は今日の日本番組について、ある連中はケンカ相手について、ある連中にいたっては今日の死亡人数確認だのを話しながら。
実際、この世界はそんな生き死にがまるで日常のように存在している。特に、俺みたいな能力持ちだのは殺されることを想定して生きていけだのとも言われるほどだ。酷い言い方ではあるが、実際そんなもんだ。あやふやな人権ってのがまさに今の世界情勢を現している。
それでも、なんだかんだで普通に生きていけているのが月裏という国である。危険は危険に近しい場所でしか起きづらいってのも、案外普通に生きていける理由なのかもな。
けれど、力を持つ者ってのは大部分が大馬鹿ばっかだ。なぜなら。
「おい! 向こうで熊男が暴れてるぞ!」
「げっ、巻き込まれねぇようにしないとな」
こんなことを聞いてしまったら、死ぬかもしれないのに野次馬をしたがってしまうから、である。
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鏡鳥公園。
その土地の大きさからテニスコートやらバスケットコートなど設置されており、遊具も沢山置かれている。
さっきの二人から聞いた限りでは、ここで熊男が暴れているらしい。……まさか今日も来ることになるとは思わなかった。
風景は昨日とは違って――とはいっても空が暗いので若干だが、木は自己の緑色を主張しており、噴水も心なしか楽しそうに水を流している。
そんな公園の奥へと歩いていく。そして、昨日の殺人犯と戦った場所に到着すると、そこにいたのは。
「グオオオオオッ!」
「…………」
上半身裸の緑色の毛をした巨体の熊の獣人。そして――謎の、銀髪美少女。二人は高くそびえる時計を間にするように相対していた。昨日殺人犯が散らかした血や死体は既に清掃したのか、血痕らしきものは見えない。まあ今となっては過ぎたことなんでどうでもいいのだが。
見ると、俺以外にも何人か野次馬が騒いでいる。どう見ても興味本位だけで見に来てる奴もいる。気をつけないと死ぬぞー。
とりあえず、どうしてこうなってるのか聞くとするか。
「なあ、そこのアンタ。ちょっといいか?」
鮫の顔をした魚人の肩を叩いて質問する。
「なんだよ、今いいとこなんだから邪魔すんなよ」
「ああ、いや悪い、ちょっとだけだからさ。どうしてこんなことになってるのか教えてくれないか?」
「どうしてって、お決まりだよ。暴れてる奴がいたからあのお嬢ちゃんがあの熊男に対抗したんだよ。なんせ、こういう時にしか暴れきっても咎められない機会はないからな。あの嬢ちゃんもこれ幸いと殴りかかったんだろうよ」
「なるほど、サンキュー」
俺が返答すると、鮫の人は再び二人の戦いへと目を移す。さてと、警察が来るのが早いかケリがつくのが早いか、見ものだな。
俺も野次馬として二人の戦いを見守る。……それにしても、あの女やるじゃないか。あれだけ早い熊男の攻撃の振りをギリギリで避けてやがる。あの華奢さなら一撃で死んでもおかしく――いいや、そんなこともないか。
長く綺麗な銀髪をなびかせながら、ひらりひらりと紙のように躱していく銀髪少女。にしてもあの服装、まるでどっかの実験室から逃げてきたような服装だな。変わった服装の奴なんていっぱいいるが、あの服装だと質素すぎて逆に目立つな。
考えているうちに、少女の左蹴りが緑色の熊男の腹部へと鞭のように放たれる。やっぱ、外見なんてアテにならないな。あれだけ強力な蹴りを打ち込まれた熊男は可哀想にも見える。
けれど熊男も流石って言うべきか、少し怯んだだけで再び攻撃を再開する――と思ったが、距離を取るように後ろへ跳躍する。何をするかと思ったが、熊男が後ろに手を振りかぶる姿を見て、なんとなく嫌な予感がした。
「おい、お前ら下がった方が――」
言おうとしたが、もう遅かった。
緑の熊男が、大きく腕を振り切り――風を放った。
荒ぶる突風のような風の刃が、銀髪少女へ襲いかかる。同時に、前の方にいた野次馬連中もその余波を食らって吹っ飛ばされ、切り刻まれる。あっちゃー、これ何人生きてるかね。見物は自己責任だから、文句は言えないってのに。
そして、目標である銀髪少女はそれに対して、両手を交差させていた。おいおい、あんなんで防ぐ気かよ。
突風が襲いかかる。そして――
少女は風に切り刻まれながらも、全身がバラバラになることなく、それに耐え切った。
熊男からすりゃ驚きだろう。あれだけの攻撃だ、熊男も自信を持って打ちはなったであろうし、驚きは隠せるはずも無い。
銀髪少女はそれを逃さない。地面を蹴り、一瞬で熊男に接近し、両手を緑の熊男の腹部に当てる。
「ブラスト・ベルブス」
銀髪少女は呟くように言葉を吐いた。瞬間。
銀髪少女の手の平から白い光が噴出するように発射され、熊男の上半身を飲み込みながら空へ大きな線が走った。
「あ、あれ、魔力の放出による攻撃か!?」「あ、あのお嬢ちゃん、魔法使いかよ!」「いや、気の類かもしれないぞ!」
野次馬達のそんな声が聞こえてくる。……こりゃ俺も予想外だ、接近戦闘だけかと思えば魔法まで使えるとは。俺もまだまだ認識が甘いよな、そんぐらい、この世界じゃ当たり前だってのに。
銀髪少女の魔力の放出が止む。すると、放出に飲まれた緑の熊人の身体は黒こげになり、存外あっさりと地面に倒れた。上半身が吹っ飛んでないだけ、凄いとは思うぜ俺は。
「いっでぇー! ちくしょうあのクマ公! 俺らまでぶっ飛ばしやがって!」「いっでぇぇぇっ! はらたつー!」「ぐぇーっ! あっひゃっひゃっひゃ!」
二人の戦いが終わると、怪我をした野次馬どもが陽気な声で痛みを訴える。タフだなぁ、アイツらも。
さてと、いいもん見れたし俺も帰るとするかな。そんな気持ちで立ち去ろうとしたとき、銀髪少女が人知れず去っていこうとする姿が見える。――気のせいか、よろついてないかアイツ。
そんな心配をしながら見ていると、見事に地面に倒れた。あーあ。
しゃあない、あんな姿を見せられちゃ手を貸さないってのもアレだ。いつもはこんなこと思わないのだけれど、犬を助けたという日本のニュースを見た後じゃそんな気持ちも湧いてしまう。
「おい、立てるか?」
銀髪少女の前に行って、手を差し出しながら言う。すると、銀髪少女は顔をだけ上げて俺を見る。蒼いガラス細工のような綺麗な目なのだが、気だるそうというか眠たそうな目をしてるな、コイツ。
「も一回言うぞ、立てるか?」
すると首を縦に振って、俺の手を掴む。掴んだのは、いいんだが。
「おい、痛いから握りすぎんな。手の骨が粉砕される」
「…………ごめん」
抑揚のない声でそう呟く。反省してるのかしてないのか判別しづらい。華奢で柔らかな手なのに、どっからこんな力が湧いて来るんだ。
俺の手を借りて、銀髪少女は立ち上がる。さっきまでは気付かなかったが、首に青い鉄の輪をつけている。アレか、ファッション首輪って奴。
「さっきは見事だったぜアンタ。別の大陸から来たのか?」
「……多分」
「多分? どういうこ――」
言いかけた時、いきなり銀髪少女は俺の方に倒れこんできた。
「お、おい?」
「ごめん、なさい」
「何がだよ、いきなり倒れこまれたら流石に……」
と言い掛けて、口を閉じる。ドギマギするだなんて、言えるはずも無い。ていうか、結構大きいな……って、何を考えてんだよ俺。鳥彦じゃあるまいし。
「もう、限界」
「な、何がだよ!」
「たい……りょく……」
銀髪少女は漏らすように言葉を吐き、滑り落ちるように再び地面に伏した。……そういう意味の限界かよ。くそっ、思わず声を荒げてしまったのが恥ずかしい。
呼吸を整え、銀髪少女を改めて見るがピクリとも動かない。まさか、アレだけで本当に体力無くなったってのか?
……いや、違うな。どうも服がボロボロだ。恐らくだが、今の戦闘以外でもどっかで暴れてたなこいつ。
「……あー、くそっ、しょうがないな。一度助けようと思ったんだ、こうなったらとことん助けてやる」
舌打ちして、俺は銀髪少女を背負う。背中に当たる感触は無視だ、無視。無心だ。
とりあえず、家にでも連れてくとするか。服もあるし、何とかなるだろ。
この公園から見える一つの黒いマンションを見ながら、俺は足を進めた。




