22.決着
「……はぁ、はぁ……」
打ち込んだ拳を下ろし、身体を支えるように両手を膝につける。もう、これ以上は戦り合える力は残ってない。前見たく不意打ちで光線なんて撃たれれば、もうあっさりとくたばる。つうか、もう割と穴だらけでヤバイ。ちゃんと致命傷は避けたとは思うが、気を抜いたら意識が絶対に吹っ飛ぶ。
顔を前に向けて銀髪野郎を見る。顔を空に向けて、大の字で寝そべったまま起き上がってこない。むしろ、起き上がられても困るんだけどな。
「弥京!」
ロトナの声が聞こえてくる。
そしてゆっくりとそちらを振り向いたら――ロトナが俺の肩に寄りかかってきた。
「お、おい、倒れこんでくるぐらいにまだ足が痛いなら無茶す――」
「やきょうの、ばかっ……! びっくり、した……死んじゃうと、思った、んだから……!」
俺の言葉を遮り、ロトナは肩を震わせながら、俯いてたどたどしく言葉を紡いで言った。
……もしかして、泣いてるのか……?
「……仕方ないだろ、お前の兄貴止めるにはアレしか……」
「仕方なくなんか、ないっ……! 弥京が死んじゃったら、意味なんか、なかった!」
いつもよりも強く、ロトナは言葉を発してくる。……こんなにも、心配してくれるのかよお前は。ちゃんと助け切れなかったような奴を、こんなにも。
「……心配しすぎだお前は。…………でも、まあ……悪かった、よ、心配させて」
「……ほんとう、だよ……。でも、でも…………生きててくれて、良かった……」
ロトナは泣きはらした顔をあげて、俺に微笑みを投げかけてくる。……参ったな、気ぃ抜いて倒れこんでしまいたくなりそうなぐらい、安心してしまいそうだ。
「あらあら、甘酸っぱいシーンご馳走様」
妖艶な声が、耳に入ってくる。
俺とロトナがドアの方を見ると、ウェーブヘアーのボディコン女がクスクスと笑いながらこちらを見ていた。
それと同時に、俺とロトナは体勢を整えてボディコン女に向き直る。とはいえ、俺もロトナもまともに戦えそうにない。……待てよ、ドクターRはどこに行った?
「あの電波博士さんなら私の鞭が気持ちよすぎてそこの廊下でねんごろしてるわよ。心配しなくても、死んでないから安心して」
俺の言葉を先読みするように、笑いながら回答してくるボディコン女。相変わらず気に食わない。
「……ってことは次は俺とロトナを相手取る気かよ。いくら俺達が衰弱してるとはいえ、二人相手に勝つ気か?」
「ふふっ、それもいいかもね。若い男の子と若い女の子に鞭を打つ機会なんて、早々無いものね。私の心がゾクゾクと喜びそう……」
ボディコン女は唇をゆっくりと舐めたあと、筒状の棒から光の鞭を展開してくる。やっぱり、向かって来るか。くそっ、こうなったら破れかぶれだ……!
力は入りきらない、それでも俺は拳を握る。――その途端、ボディコン女は敵意を緩めてきた。
「と、思ったけど今回はあきらめるわ」
そんな発言と共に、展開した光の鞭をボディコン女は消失させる。……どういうつもりだ。
「タイププロトの回収の方が重要なのよ。見たところ、プロトナンバーよりは性能が上なのは明らか。故に、必要性の高いタイププロトを持ち帰る、それだけのお話よ」
そう言って、ボディコン女はスタスタと銀髪野郎の方へと歩いていく。でもな、そいつを連れて行かせる訳にはいかねーんだよ……!
「……そいつを連れて行かせる訳にはいかない。帰るなら手ぶらで帰っていってもらうぜ……!」
「弥京……」
ロトナの呟きが聞こえて来る。そうさ、まだロトナはそいつとまともに会話もしちゃいない。兄貴と話したがってるロトナのためにも、その銀髪にーさんは置いていってもらわなきゃ困るんだよ。
その意図を理解したのかしてないのか、ボディコン女はニヤリと笑みを見せてくる。
「そうそう、まだ言ってなかったわね。タイププロトはね、貴方と同じ遺伝子の持ち主。けれど――それは貴方の兄、イルト・プレグリンスのクローンだからよ」
「……クローン、だと?」
「そ、そんなの……!」
「嘘だって言えるのプロトナンバーちゃん? 貴方のことを知っている素振りも見せなかったタイププロトがクローンではないと、本当に言い切れる?」
ボディコン女にそういわれて、ロトナは言葉に詰まってしまう。
クローン、確かにありえない話じゃない。そういう技術はもう既に存在してしまっている。勿論、人間のクローンなんてものは作成してはいけない。けれど、作られていないなんてことは言い切れない。それぐらいにこの世の中は唯一無二の力が多すぎる。
「どうやら、そこのボウヤはある程度理解してくれてるみたいね。まあ、そういう訳よ。心配しなくても――いつか本当の本人と会う機会も出来るわ、ロトナちゃんがそれまでに死ななきゃね」
掛け声と共に、銀髪にーさんをボディコン女は背負う。……一体、どういう意味だってんだ?
「わからない、って顔丸出しねお二人さん。簡単に言うと、それまでは試験は延期。それまで人間らしく人生を謳歌してなさいってことよ」
「……答えになってないぜ。そもそもナンバータイプってなんだ、お前らの目的は一体何なんだ」
壊れた扉の前でボディコン女は止まり、振り向き、人差し指を唇の前に持っていく。
「ひ・み・つ。それじゃあまたね、お二人――」
「待って!」
そのまま去って行こうとしたボディコン女をロトナは呼び止める。ボディコン女はうんざりとした表情をロトナへ向ける。
「……まだ何か?」
「……今のことがほんとなら、私の記憶は、偽物じゃ、ないの……?」
ロトナはすがるような眼でボディコン女を見る。すると、ボディコン女は呆気に取られた顔をしたあとに突然笑い出した。
「あははははっ! ロトナちゃんってば可愛らしいわぁ。――当然、あんなの嘘に決まってるじゃない?」
何の落ち度も無さそうに、ボディコン女は言い放った。この女……!
「真実だけじゃ人は上手くは動かせない。大人になったらよくわかることよ? お勉強になって良かったわね、ロトナちゃん」
ロトナはその言葉を聞いて、俯いてしまう。コイツは、やっぱり気に食わない。まるで悪意だけが世界に存在している、そんな言い回しが気に食わない。
だから、俺は言ってやった。
「……知った風な口を聞くけどよ、それはアンタの生きた世界の話だろ。――世界が、アンタの常識だけで回っているようなものだと思うな。正しさ嫌いのネガティブ女」
「……私より生きた時間が何千も違うくせに、言ってくれるじゃないボウヤ」
静かに言ってくるボディコン女。その言葉にはどこか殺意が混じっているようにも感じた。
……けれど、奴は笑った。
「だけど、そうかも知れないわね。悪いことって良いことよりも考えやすいから、私はいつの間にかその思考にはまっていたのかも。ふふふっ、たまには正義の騎士様の活躍も見てみるものね。ちょっとばかりは、世界の善意を見た気がしなくもないわ」
そう言うと、再び俺達に背を向けるボディコン女。
「おい待て! まだ聞きたいことは山ほど……!」
「焦っちゃ駄目よボウヤ。早い男は女に呆れられちゃうわよ?」
「なっ……!」
なんてこと言いやがるこの女……!
「うふふっ、焦っちゃって可愛いボウヤ。早いうちの再会を願ってるわよお二人さん」
ボディコン女が俺から視線を外そうとした、その時だった。
「……あのっ!」
俯いていたロトナが、突然顔をあげて叫んだのだ。
俺も思わず驚いた表情を作ってしまう。ボディコン女も似たような顔を見せている。
「……教えてくれて、ありがとう。私の記憶が、ほんものだって……」
「ロトナ、お前……」
……元々嘘をついてたのはあっちだぞ。なのに、感謝なんてする必要はないだろ?
「……バカねぇ、本当にバカ。嘘を教えたのは私達なのに、貴方ってばほんとにおばかさんね」
笑い声を漏らしながらボディコン女は言う。
俺はその態度に苦言を吐いてやろうと思ったのだが、ボディコン女はどこか寂しげな顔を浮かべていた。
「でも……ちょっと羨ましくも感じるわ。その悪意を悪意とも思えない気持ちは」
「……お前」
「あー、やだやだ、だから子供って嫌いよ。ということで、さっさと汚い大人の世界を知って、私が間違っておりましたって言ってくれることを期待してるわよ、二人とも。それじゃ、グッドラック」
ウインクと共にその言葉を残し、鼻歌混じりにその場から去っていった。……やっぱりどこまでも腹立たしさを感じさせるぜあの女。
それに結局ロトナのことについても全然話していない。体力は残ってないが、今からでも走れば間に合う。
そう思って足を踏み出すと、ロトナは右腕を広げて制止してくる。
「……無理したら、弥京、また倒れちゃう」
「けど、お前の過去についても……!」
「大丈夫。……今は、お兄ちゃんがちゃんと生きてくれてるってだけで、十分だから。」
「いや、けれど……!」
「いいの。私の記憶が偽物じゃないともちゃんとわかったから、いいの。私が、ちゃんとロトナ・プレグリンスだったから、今日はもういいの」
清々しそうな顔でロトナは言った。……在ることに満足しすぎだろお前。
けれど――そうだな、在るだけ、それだけでも十分だ。
ロトナはここに残ってくれた。それだけでも、十分じゃんか。
「……そうか。だったら、家に戻るとすっか。もう俺は疲れた。――勿論、お前もだからなロトナ」
「…………いい、の……?」
「当たり前だ。お前、買った服も着ずにどっか行こうとしやがって、俺の金で買ったんだからせめて着ていけ。菜切が知ったらしょぼくれるぞアイツ」
「……けど、私がいたらまた弥京が……」
言いよどむロトナの頭に手を置いて、俺は言った。
「いいから、帰るぞ」
「…………うんっ……!」
そして、ロトナはまた俺に笑顔を見せてくれる。
こうして、このいつもとはちょっと変わった騒動は、幕を閉じた。
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『そうか、やはりプロトナンバーはあの力を使っていたか……』
「ええ、ですが実力自体はタイププロトの方が……」
『……いいや、そんなものはどうでもいい。個体の戦闘能力など、どうでもいいことだ』
(……どうでもいい?)
『とりあえず、当分の間はプロトナンバーは監視にとどめろ。いいな?』
「……はいはい、わかりました。お任せください」
既に都内を歩いていた価値峰ヒノエはそんなやり取りをした後、携帯を切る。どこか釈然としない態度で。
「……ふふっ、どうにも、貴女の状況は想像以上に大変かもね、ロトナちゃん」
言葉とは裏腹に、価値峰ヒノエは薄ら笑いを浮かべながら小さく呟く。そして、後方を歩くタイププロトの方を見て、ヒノエは言う。
「さあて、不要になった貴方の未来はどっちでしょうね、タイププロト」
クスクスと、嘲笑うようなヒノエの言葉に傷ついたタイププロトは、口元を軽く吊り上げる。
「……さて、な」




