2.校内
鏡鳥高校。俺達の通っている学校であり、毎度毎度ケンカをしたがる連中の絶えない素敵な学校。今日も今日とて血気盛んな連中が通っており、それを迷惑そうに見てる奴も憧れの目で見てる奴も通っている、一応見た目的には日本の学校と変わらない学校。ただ、通ってる人間は日本とはさっぱり違うのだが。
「けっ、やっぱアイツよか俺の方が強いってな訳だぜ」
「うはぁ、流石っすねぇ!」
ワニの顔をした豪気そうな獣人と、お調子者っぽい人間が廊下で楽しそうに会話をしている。恐らく、どこかで誰かを倒したのだろう。さそぞや気分は良いと見える。
「ひー、血に飢えた連中はいつになってもいるよなぁ。くわばらくわばら」
鳥彦は怯えるように俺の後ろを歩く。さっきまでの陽気さはどこに行ったのやら。
「あんま心配するなって鳥彦。なんだかんだ言ったって、人を殺そうとする奴なんて滅多にいないしよ」
「そ、そりゃあ知ってるけどよ、もし、もしだぞ? 可愛い女の子が不良に襲われているのを助けられないまま見過ごしてしまい、そして愛が育めなくなるかと思うともう不安で不安で……ああ、そんな目で見ないでくれハニー! 俺には君を助けることは出来ないんだぁ! いや、しかしそんな時に俺の身体から未知なる力が――!」
いきなり悲痛そうな一人芝居を始める鳥彦。さっきのワニの獣人もなんだこいつって目で見ている。心配の必要は全く無かったな、助けたとしてもそんな上手くはいかんだろうに。
芝居をしながら歩く鳥彦と廊下を歩いていると、2-4の教室に到着する。扉を開けようとすると、先に鳥彦が教室の扉を開く。
「やあやあおはよう女子の諸君! 愛を育みたい子は是非俺のところに来てくれぇ!」
鳥彦が教室に入って、さっきまでの悲痛な演技はなんだったのかと言うぐらい打って変わって意気揚々とそんな第一声をクラスの連中に放つが、教室内の女子はおろか男子すらノーリアクション。最早お決まり過ぎて全員慣れてしまったのだろう。
「……ガン無視ってひどくね」
そして呟きながらうなだれる鳥彦。今のは流石にやや気の毒だな……。
「まぁ、とりあえず席座ろうぜ。人生良いことあるさ」
俺がそう言うと、鳥彦は力なく頷いて座席へと向かって行く。あんまりにも気休めっぽい言葉過ぎただろうか。
黒板から見て、右端から四番目の席。右端から三番目の鳥彦の後ろでもある席に俺は腰を下ろす。すると、後ろから誰かが指で背中を突いてくる。――いいや、誰かなどと他人行儀な言い方をする必要は無いか。
「……おい止めろ、指で身体を貫かれるなんてこともこの世の中じゃあるんだぞ――菜切」
後ろを振り向いて、俺はそいつの、上雪 菜切の名前を呼んだ。トレードマークとも言うべき、ニット帽を今日も今日とて被っている。
「大丈夫だよ弥京くん、私そんなに力強く無いから」
笑顔で楽しそうに言ってくる菜切。確かにそうではあるが。
「けど女ってのはどこでどうして来るかわからないからな。差し入れかと思えば毒入りだったり、たまに顔見せに来たと思えば出会い頭に殺しにかかって来たりとかな」
「え、えーっと、それは女性じゃなくてある一定の誰かさんを思い浮かべながら話してないかな」
苦笑しながらそんなことを言ってくる。まっ、否定はしない。事実、一定の誰かさんを思い浮かべながら言っていたのだから。
「そんなことよりも、昨日の日本番組見た?」
「ああ、犬助けたニュースのことか?」
「ううん、深夜に出てたお笑い番組! 日本のお笑いセンスは凄いよね!」
目を輝かせて訴えてくる菜切。そんなことより、誰も日本のニュースは見てないのか。
「お前の場合、どうしようもないシャレでもギャグでも笑うだろ。日本も月裏も関係ないって」
「ううん、そんなことないよ。鳥彦くんの今の姿を見ても笑えないもん」
窓際にうなだれて、薄暗い空を見つめる鳥彦を見ながら菜切は言う。菜切は鳥彦の存在をギャグと言いたいのだろうか。恐ろしい女である。
「それにしても、弥京くんはいつも辛気臭そうな顔をしてるね。もっとキリっ! って顔をビシッ! とさせたら女の子から言い寄られるよー! ……多分」
顔をきりっとさせたりびしっとさせたりと一人百面相しながら、最後にアテになりそうにもない言葉を吐く菜切。多分ってお前な。
「別にいいって。自分を魅力的にしたい奴だけそういう気遣いはしてればいいんだ。俺はまず、俺らしく生きることで精一杯なんだよ。お前こそいないのか、彼氏とか」
「いないよ? いいよねぇ、いる人は」
「さあな。女の傲慢に身を振り回されて、ボロ雑巾にされて捨てられるよかマシだと思うけどな」
「……私ね、弥京くんが女性を語るときに思い浮かべてる人が気になって仕方ないんだけど」
「気にすんな、ロクデナシのゴミみたいな奴だから」
「周りに敵を作りそうな非情な発言だね」
あはは、と再び苦笑される。……今度から女性関連の時にアイツらのことを思い出しながら話すのは止める様に心がけねば。
「あっ、もう一ついい話題があったよ」
「いい話題?」
「うん、研究所の爆発ニュースは知ってるよね?」
「ああ、鳥彦から朝聞いたよ」
「その爆発した研究所からね、何かが逃げ出していたのを目撃したんだって。暴走ロボットかな、実は美少女アンドロイドだったりして!」
「美少女アンドロイドォ!?」
菜切が話していると、前でうなだれていた男が突然立ち上がり復活。その名称だけでどれだけ気力が復活したんだ。
「お、お前ん家美少女アンドロイド買ったのか!? ぜ、是非触らせて欲しいんだが、オッケーか!?」
こちらに近づいてきた鳥彦は菜切の机に手を置いて身を乗り出し、鼻息荒く顔を近づける。そんな鳥彦が寄り過ぎないように両手で押さえる菜切。非常に迷惑そうな顔だ。
「うわうわ、鳥彦くんテンション高すぎてキモイよ! 発言もなんか人に頼むようなことじゃないしキモイよ!?」
「キモイ? 結構だ! キモいだけで美少女アンドロイド触れられるなら、俺はキモくていい!」
「うわああっ! キモさ絶頂だよ! 見てないで助けてよ弥京くん!」
しかし助けずに見てしまう俺。ああ、他人の不幸は蜜の味と言うが、これがそうなのだろうか。二人が楽しそうで何よりって奴だ。
美少女アンドロイドか暴走ロボットか、定かではないが、一体何が逃げたんだろうか。恐らく、明日辺りにでも警察が保護して報道するだろう。期待するほどでもないが、待って見ることにしよう。
「ええい、吐け! 吐くのだ菜切! 美少女アンドロイドはどこに――」
「いいかげんに……しろぉーっ!」
鳥彦が菜切の左アッパーで宙に浮いたのを見て感心していると先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。そして、鳥彦はよろよろになりながらも自分の席へと戻っていった。申し訳そうにしながら自業自得だよ、と自信なさげに呟く菜切の声に、あんま気にすんなと内心で思った。




