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11.銀髪の男

 四階のゲーセンと本売り場で時間を潰して約数十分ほど。そろそろいいかと思い、二階の衣服売り場に向かった。

 流石にもう二人とも洋服など見終わっているだろう。そんな気持ちで洋服の商品が並ぶ道を避けながら歩き、菜切を見つけると。


「あっ、弥京くん遅いよー! ほらほら、どっちがロトナちゃんに似合うかな!」


 まだ、洋服探しをやっていた。


「……まだやってたのかよ」

「そりゃやるよー、だって聞くとこによるとロトナちゃんは記憶喪失かつ代えの洋服をさっぱり持ってない。だとしたら、シンプルかつ可愛いのをちゃんとロトナちゃんの為にも選ばないといけないのだよー!」


 なんだその使命感。


「別にシンプルならなんでもいいじゃないか。可愛いか可愛くないかなんてどーでもいいんじゃないか?」

「駄目だなぁ弥京くんは確かにロトナちゃんは地が可愛いけど、それを服が引き立たせないとせっかくの可愛さが台無しになっちゃうんだよ?」

「そんなもんか?」

「そんなものです」


 ニコッと笑う菜切。その辺のことは俺じゃイマイチわからないから口出しはしきれない。私服なんて着れればいいスタイルだし俺。


「とりあえず決めるならさっさとしてくれよ、暇を潰すってのも案外大変なんだぜ」

「わかったわかった、もうちょっとだけ待っててね」


 などと言ってまた服を探しにいく菜切。もうちょっと、そんな言葉以上に汎用性があって信用できない言葉は無いだろう。事実、俺だってもうちょっとと言ってすぐに済んだことなど三割四割程度だ。特に興味のあることに関するもうちょっとほど、信用できない言葉はない。

 それより、ロトナはどこに行ったのだろうか。アイツもアイツで服を探しているのだろうか。


 辺りを見回してみる。しかし、目立った銀髪などいな――っと、いたいた。


「おーい、お前の方は欲しいの見つかったのかー」


 近づきながら声をかける。そして、言い終わったあとに気付く。――完全に人違い。銀髪は銀髪だが、髪はロトナのように長くもない。肩にかからない程度の長さだ。

 そんな俺の勘違いの声に銀髪の人は振り向く。うわっ、それも男だったよ。どんだけ銀髪でしか判断してなかったんだ俺は。


「あ……っと、すみません間違えました」


 軽く頭を下げる。自分で銀髪なんて珍しくも無いとか考えておきながらこんなミスをするとは。やっぱ銀髪は珍しいものだ、訂正訂正ってな。


「…………」

「……ん?」


 銀髪の男は、俺をジッと見てくる。なんだ? もしかして詫びの念が足りないとでもいいたいんだろうか。参ったな、これ以上何を謝れと。

 言葉を何か返そうとして、銀髪の男に視線を合わせる。……空虚な目だな。俺を見てるのに、俺をみていないかと言うぐらいには不思議な目をしている。


 それにこの男、髪だけじゃなくどっかロトナに似てるような。


「待たせたわね――あら?」


 そんな時、銀髪の男の後方から一人の女性がやってくる。ウェーブヘアーのボディコン姿の女性。上着つけてなかったら、どっかのダンスホールに行ってそうな格好だ。確か日本にそんなとこがあったなんてものをテレビで見た気がする。


「どちらさま?」

「あーっ、いえ、別に知り合いってな訳じゃないんです。ちょっと人違いしちゃって」

「……ふーん、そう。まあ、よくあることよね」


 素っ気無くそんな返答をしてくる。まあ初対面で他人に対してなんだから当たり前の態度ではある。


「それじゃ、次は間違えないようにねボウヤ」


 そんな言葉を残して銀髪の男とボディコン姿の女は歩いて行った。……誰がボウヤだ。大人ぶりやがって。


 小馬鹿にされた気分でシャクだが、まあミスったのは俺だし抑えよう。

 それよりもあの銀髪の男、どこが似てるのかと思ったが着けていた服だ。……まあ、こじ付けに近い感覚だとは俺だって思うのだがそれでもやっぱりどこかロトナに似てたんだよな。偶然にしちゃ出来すぎてるような気もする。


 案外、ロトナの記憶に関する事情でも知ってたりしてな。


「弥京……?」


 なんてことを考えていると、カーテンを開けた音とともにロトナが現れた。俺がいたところはちょうど試着室の近くだったようだ。


「どうしたの……?」

「いや、別になんでもない。人違いしちゃってな」

「人違い……?」

「ああ。お前と同じく銀髪の男がいてさ、もしかして兄貴とかいたか?」


 ロトナは考え込むように指先を口元付近に近づけながら上を見上げ、そしてこっちに目線を合わせる。


「……うっすらだけど、いた気がする……」

「そうか、んじゃさっきの人をもっかい探してみるか。もしかしたら、お前の兄貴かもしれないしな」

「でも……そんな偶然、有り得るかな……?」

「魔法も超能力も怪物も有り得るのに、偶然だけ有り得ないだなんて言えっこねーさ。そんじゃ早速――」


「ロトナちゃーん!」


 行こうとしたとき、菜切の声が聞こえてくる。よく響くな、アイツの声。


「これとかどうかな? ロトナちゃんに似合うと思うんだけど。あっ、弥京くんはどう思う?」


 しましまの長袖だの英語のロゴの入ったピンクの洋服だのを見せてくる菜切。いいか悪いかはさっぱりだが、そんなことよりもあの銀髪兄ちゃんを追っかけなければ。


「悪い菜切、今から――」


 と言い掛けた時であった。ロトナが俺の制服の袖を引っ張ってくる。何かと思い顔を見ると、ロトナは小さく首を横に振っていた。


「何だよその首振りは、もしかして兄貴っぽい人は放っとく気か?」


 小さく声を発し、ロトナに聞いた。すると、ためらいなど全く見せずに頷いた。おいおい……。


「……本当にいいのか?」

「……うん。いい」

「……しらねーぞ、後悔しても」

「大丈夫。今はもうちょっとだけ……こうして遊んでたいから」


 ……マイペースな奴。自分の過去より今のことかよ。馬鹿だのなんだの罵ってやれるぐらいにマイペースだ。

 ――とはいえ、俺も人のことは言えないし、なんつーか――共感出来てしまうとこもある。


「……まっ、別に今しか会えないって訳でもないしな」

「……ごめんね、早く記憶もどして家を見つけなきゃいけないのに……」

「謝るな、楽しいことを優先すんのは当然だろよ。それに俺は気にしないって言ったろ」


 申し訳なさそうに言ったロトナに俺はそんな返答をした。笑みを作ったつもりだが……ちゃんと作って言えただろうか、俺。


「……ありがと、弥京」


 そんなどうしようもなくちっぽけな不安など払拭してくれるかのような微笑を浮かべ、ロトナはそう言って来た。……何で感謝してきてんだよ、されることなんか全然言ってないってのに。訳もなく照れちまうじゃないか。


「むっ、よくわからないけど内緒話しちゃってる。もしかして今から二人でデートするから、悪いなんて言ったのー?」


 小声での会話を一通り終えたとき、むくれながらも冷やかすようにからかってくる菜切。


「そうだ――って、んな訳あるかよ。今から俺だけ食い物買ってくるって言おうとしたんだよ」


 我ながらなんと苦しい言い訳。そんな言い訳をした俺を怪しむように見てくる菜切。


「えー、ずるいよ弥京くん! ほんとに悪いことだねそれ!」


 などと言ってぷんすかと怒る菜切。……怪しむんじゃなくて本当に怒ってたのか。なんて単純な奴。


「買い物が遅い自分らを恨むんだな。んじゃ、俺は一階で待ってるから終わったら来いよ」

「洋服の代金は!?」

「来た時に渡すよ。レシート忘れんなよー」


 他にも言いたいことがありそうな菜切から背を向け、俺は歩き始めた。

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