10.とんでもない
相変わらずお見事な手つきであった。
既に片腕の間接を曲げられ、身動きの出来ない状態となっている獣人。普通の女警官なら、無理矢理振り切ることも出来そうではあるが、あの人は無理だろう。あんな細身だが、それに全く見合わない力を持っている。アンタのすらっとした綺麗な肌はどっからつれて来た脂肪分ですかってぐらいにスタイルの良さを持ちながらも引き締まった肉体の持ち主である。
「で、アンタは誰」
そう言いながらスーツの裏ポケットから拳銃を出して突きつける優音さん。それを見て虎の獣人は身震いしていた。暴力さえ振るおうとしなきゃそんなことはされてなかっただろうに。……多分。
少しして、食品売り場の店員らしき人が優音さんの方に来る。店員さんは頭を下げ、感謝の言葉を述べている。そして、騒ぎを聞いて駆けつけた警備員達も優音さんの近くに来た。
さっ、そろそろ四階にでも行くかな。今は忙しくなりそうだし、優音さんと喋るのはまた今度でいいだろう。
気持ちを切り替え、俺はエスカレーターへと歩きだ――
どごんっ。
前を向いていた頭は、後方から襲ってきた何かによって強制的に下へと視点変更させられた。な、なんだ今の。めっちゃ痛ぇぞこんにゃろう……!
後頭部を押さえながら怒りを持って後ろを振り向く。そして犯人はわかった。
こっちを直視しながら拳銃を構えているおまわりさんだと、すぐにわかった。
「何を逃げようとしてるのかしら、牢島」
せっかく人が気を利かせて去ろうと考えていたというのにこの人は……。
俺は優音さんの方へと歩いていく。
「いえ、別に逃げようだなんて思ってないです。ていうか、そんな物騒使なの使わないで普通に呼んでくれたらよかったじゃないっすか!」
「安心しなさい、実弾じゃなくて空気弾だから」
「そう言う問題じゃないっての!」
「弾数を考えずに撃てるのはいいけれど、威力が低いのが考え物ね。やっぱり、頭蓋を一撃で撃ち抜かなければ銃らしくないわ」
話を聞いてねぇし、なんだ銃らしさって。アンタは額を撃ち抜きたいだけでしょうが。
「檻式せんぱーい!」
優音さんの言葉に呆れていると、優音さんと同僚と思わしき人がこちらへと駆け寄ってくる。
「ちょうど良かったわ、こいつの連行貴方に頼んでいいかしら」
そして着いた途端に即座に人任せ。この同僚さんが不憫すぎる。
「ああ、はい! この男ですか?」
俺を指差して聞いてくる同僚さん。俺じゃないっての。
「確かにその男は犯罪者になる可能性が限りになく百に近いけれど、連行して欲しいのは今私が捕らえているこの虎男の方よ」
さり気に酷いことを言ってくれる優音さん。どうしてこんなに俺は嫌われてるんだろうか。それとも愛情の裏返しという奴だろうか。だとしたら裏に返さないで欲しいと声高に言いてぇ。
「はい、任せてください檻式先輩! さあ、行くぞ!」
そう言って優音さんから虎男の身柄を引き取り、連行していく同僚のような人。虎男は実に悔しそうな顔をしながら退場していった。
興味で覗いていた人たちも興味がなくなったのか、普通に歩き始めていた。万引き程度ではそんなに心の関心は惹き付けられないということなのだろう。
「それで、あの人に連行させた理由はなんですか」
「面倒だからよ。それに今日は休日だから」
「随分とまあ身勝手な理由ですね」
ただあの同僚さんは心なしか喜んだ表情をしていたからいいのかもしれないが。
「その身勝手が許されるから、私は警察になったのよ。国家公認暴力だなんて、私の為にあったと言っても過言じゃないわね」
涼しげな顔で言い放ってくる。どこまでマジなのかさっぱりわからん。むしろ全部マジで言ってるのかもしれん。
「ヤクザやらマフィアやらになってた方が向いてたんじゃないですか、優音さん」
「警察になれなかったらそっちの道もアリかとは思ったわね」
真顔で言い切る優音さん。悪と正義は紙一重ってのはこういう人を見て思うのだろうな、世の中の人は。
「アンタも権力使って暴れたいなら将来警察になるべきね」
「警察の言うことじゃないですね、それ」
しかし、優音さんはなんだかんだで暴れ放題な人ではないのである。確かに俺に対して殺すーだの死ねーだの言うが、その心根は優しいのである。昨日の殺人鬼野郎だって無闇に撃ったりはしていなかったし。口だけの人って訳ではないのだが、少なくとも口よりは温厚で優しい人物だと言うのは、結構長い付き合いである俺にはよくわかる。
……まあ、《割と》優しいのであって恐ろしいのはさっぱり変わらない訳ではあるが。
「それよりアンタは何しにきたの」
優音さんがそんな言葉を投げかけてくる。
「友人と買い物ですよ」
「アンタ友人いたの」
「結構失敬なこと言ってくれるなアンタ」
「だってアンタ無愛想で気だるそうで近づきがたいでしょ」
そりゃアンタもだろ、と言い掛けて飲み込む。余計な怒りは買わせるもんじゃない。
「ところで優音さんはどうしてこんなとこにいるんですか? 銃とか売ってませんよ、ここ」
「そんなのは知ってるわ、馬鹿にしてるの?」
「いえいえ、そんなことは全く」
鋭い眼光が突き刺さってくる。あー、もう苦手だぜその眼差し。
「まあアンタがどこにいようが私の知ったことじゃないけれど、これだけは言っとくわ」
「なんです?」
「事件起こすなら私の目の前でやりなさいよ、その身体をハチのアジトに変えてあげるから」
つまり、蜂の巣にしてやると。んなこと言われて誰がやるもんか。
「安心してくれよ優音さん。俺、善良な一般市民だから神に誓ってそんなことはしないぜ」
優音さんのいる前では誓って暴力沙汰は起こさないということを。
「そう、破壊神に誓うのね。なら期待して待ってるわよ、牢島」
そんな返答をして、優音さんは俺から視線を外してそのままアパート内にある飲食店の方へと歩いて行った。……見破られていたのか皮肉られたのかはわからないが流石は優音さん、人の発言を歪めて解釈する天邪鬼。
だがそんなあの人だからこそ、俺は割りと嫌いではないのだ。そりゃ、色々と理不尽な目にはあっているのだが、それでもなんか嫌いになれない魅力があの人にはある。――もしかして俺、すこしマゾヒストの気があるのだろうか。
……考えを振り払う。さあ、四階で少し時間でも潰そう。ゲーセンでも行こうかな。格闘ゲームでも久々にやってみるとするか。――腕前はさっぱりだが。




