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1.物騒な毎日

 今夜も、月裏は物騒である。



 生い茂る木が緑色を隠す深夜の公園、そんな静かな雰囲気を醸し出すはずの場所で、そう思った。


 歩き出せば歩き出す程にわかってくる不快な感じ。探していたそいつは間違いなく近くにいると思わせてくれる。

 そして、探していた男が視界に映る。……はっ、全く酷い光景だ。


 何が酷いって、あれだ。

 かごに入れてきたと思われる鳥や魚などを惨たらしく殺しており、あげくそれで歯をむき出しにして笑う目の前のこの男の所業も挙動も何もかもが酷い。一応、ここ公共の場なんだが。みんなが使う憩いの場、鏡鳥公園なんだが。


 思わず溜め息を吐く。こんな目立つ場所でちらかしやがってコイツ。

 今の時間帯は深夜だからまだ人通りが少ないとはいえ、それでも夜遊びする若者や酔っ払いのおっさんが現れる可能性は無きにあらず。何よりも、突然横入りされちゃあたまったもんじゃない。


 男は依然俺に気付かず、鳥かごから鳥を捕まえて斧でその首を跳ねようとしている。さてと、この辺で終わってもらおうかね。


「ストップだ、おっさん」


 俺の声を聞き、おっさんの身体が僅かに震える。そして、こちらを振り向く。毛糸のセーターにジーパン。ひげが伸び放題な以外は、そこらにいそうな風貌である。――血がべたりとついてるおかげでその印象は全くないが。


「ここはアンタの残虐殺害ショーの披露会場じゃないぜ、やるなら他でやりな」


 まぁ、そんなことをやっていい場所なんて俺の知る限りでは存在しないが。


「……学生。こんな時間に何をしているんだ……」


 重く、低い声で言葉を発してくるおっさん。――訂正。殺人犯、ビングドル・エッダーストン。


「決まってるだろ――賞金稼ぎに決まってる」


 借り物の携帯電話を取り出し、画面を見せる。画面に載っているのは、賞金五万と載っている目の前の男と全く同じ顔。

 ビングドル・エッダーストン。アーリシュア大陸と呼ばれる場所、いわゆる外国から来た殺人犯。殺害人数五人。多いかどうかはさておき、警察から賞金首にされるほどの危険人物、らしい。


 俺からすればそんなことはどうでもいい訳だが、金が貰えるチャンスだというのならまた話は別。お金の為には危険に足を踏み入れるし、権力の犬の出す餌にだって釣られてやるのである。咎められないしな。


「賞金、稼ぎか。くっくっく」

「何がおかしいんだよ、おっさん」

「そう言って、面白半分に首を突っ込むのはよくないな学生。俺はそんなことを言い抜かす小僧を、三人も殺した」

「ああ、知ってるよ」


 警察官のお姉さん、もとい優音さんからちゃんと聞かされた。五人中三人は返り討ちにあって死んだのだと。

 頷いた俺を見たおっさんは、口元を歪める。気のせいか、どこか歓喜を表すように。


「今から、君もそうなる。俺はね、わざとここにいたんだよ。悲鳴をあげるヒトを殺してやりたいと思って、わざわざここで時間つぶしに動物を殺していたんだ。興味を持つ人を殺してやった方が、何かと救われるだろう? だから殺したい気持ちを抑え、ゆっくりとじっくりと待っていたんだよ」

「さっぱり意味がわからねーけどそりゃご苦労。でもアンタ、俺が来ようと来なかろうともう終わりだ。もう警察はアンタが月裏にいるのを知っている。捕まるのも時間の問題」

「ふふふ、そうか。だったら――」


 おっさんは斧を力強く握る。目も正気とは思えないぐらいに血走っている。


「君を殺して、また逃げ続けるだけだぁぁぁっ!」


 そして、斧を力強く振りかぶってきた――


++++++


「――なんてことがあったわけだよ、昨日」


 曇り空がいつも通りな天気の月裏の朝、俺は茶髪で陽気な、腐れ縁に近い幼なじみである橋間はしま 鳥彦とりひこに昨夜の殺人犯についてのことを語った。昨日の殺人犯関連のおかげで少し寝不足である。


「ほーっ、外国からの殺人犯ね。怖い怖い。んで、五万はどうなったんだ?」

「それが、優音さんが来て全部パー。自販機で百円のジュースおごってもらってそれで終了。それももう少しってとこで来たんだよあの人。俺が良いぐらいに弱らせるのを陰で待ってたんじゃないかってぐらいにジャストタイミングでな」

「そりゃ残念だったな。けど優音さんは美人だからな、許してやれよ」

「そうじゃなくても許すさ。あの人だし」


 ――いや、許すとか許さないとかの選択肢がそもそもないんだった。横暴女警官だし、あの人。


「でも五万は惜しかったなー本当に。俺の今週の収入源になってくれるかも知れなかったってのに」

「お前一人暮らしだしなぁ。バイトもろくに出来ないお前にとっちゃあ死活問題もいいとこってか?」


 茶化すように聞いてくる鳥彦。殴ってやりたい。


「別にバイトが出来ない訳じゃないっての。ただこっちの方が金稼ぐにはいいし、俺自身こっちが向いてんだよ。それに結構こなしたから、当分資金面は問題ないしな」

「ほぉー、流石だねぇ。皿洗いもレジも出来なかった男でも荒事は得意分野ってか?」

「そうだよ、悪かったな荒事ばっかが専門分野で」

「おこんなって、冗談だよ」


 そう言いながらニシシと歯を見せて笑う鳥彦。いつか覚えてろよ。

 そんな風に路地を歩いていると、前方で猫の獣人と人間が道路に横たわっていた。酔っ払いのたぐいかと思ったが、どうもそうではなさそうだ。両方怪我をしている。


 ただのケンカか、はたまた、殺し合いか。


 そんな推測をしながら見ていると、倒れている二人はピクリと動き、片手を動かしている。そして、二人とも顔を正面を向けて、互いをにらみ合っていた。どうやら二人ともちゃんと生きていたようだ。

 この分だと手当ての心配とかは必要ないなと思った俺は、足を進める。鳥彦も、隣を歩いてくる。


「おーっ、びっくりした。死んでるかと思ったぜ」


 鳥彦は胸を撫で下ろすかのような声を出す。そう、この国は獣人も人間もいつ死んでいたっておかしくない。



 日本と呼ばれる、鏡写しの世界の国とは違って。



「朝から死体見ずに済んで良かったぜ。にしても、朝っぱらからケンカだなんてアグレッシブだよなぁ。これが日本で言う戦国時代って奴だな」


 一人でうんうんと頷く鳥彦。それはちょっと違うと思うぞ。

 けれど、あながち大外れとも言えはしない。この国――いいや、この世界には暴力が満ち溢れている。


 鏡の先に存在する近くて遠い世界の国、日本とは違い、この国の住人は異形の力を持つ者が多い。

 獣人は勿論、魔法使いだの剣士だの怪物だの、様々な奴らがこの世界では共に生活している。日本で言う、ファンタジックなものが沢山存在しているのだ。


 俺達、月裏の人間からすれば人間しか知性を持っていないその世界のことが信じられないが、鏡を通して、その信じられない世界の国、日本の情報が手に入る。逆に、彼らの世界からすれば俺達のような存在の方が信じられないらしい。


「おっ! また日本の番組がテレビに出てるぞ! 悔しいが、日本の番組は楽しいな。俺も行って見たいぜ、日本!」


 ショーウインドウに設置されているテレビを見て、鳥彦は羨ましそうに言う。

 こんな風に、日本の情報が俺達の国には流れ込んでくる。学生服をつけている三、四人ぐらいの獣人達も、その番組に視線を釘付けにされている。ちなみに、番組の内容は、グラビアアイドルが水着でリンボーダンスのチャレンジを行っている。……獣人なのに、人間の方が好みなのも割と多いのは未だにわからない時がある。そのせいで、獣人派人間派という対立を獣人同士ですることもあるし。


「ぐっ、こんな番組をうつしているとは日本けしからん! けしからんぞ、ぐへへ」


 そして、いつの間にか獣人達に混じってテレビを凝視する鳥彦。ほっといて先に行こう。


 それにしてもあのテレビといい、一体どういうやり方で日本のテレビを見せているのやら。《魔鏡》と呼ばれる謎の鏡を使って見せていると世間的には言われているらしいが、イマイチ実感出来ない。

 日本は俺達の国とは裏と表のような関係とも言われており、ゆえにその鏡から情報を取り入れることが出来ているという。理論的にはおかしさすら感じるはずなのだが――俺達の世界はほとんど何でもアリな世界だ。深く考えるだけ無駄なことなんだろうな。


 あらゆる点が相違しながらも似たところが多数存在する、憧れであり不思議に感じる鏡の先に存在する世界、日本という国。一度でいいから行って見たいものである。まっ、行けるはずもないが。


「うおーい、待ってくれよぉー!」


 日本について色々と考え終わったとき、後ろから鳥彦が走ってきて追いついてくる。


「もう良かったのか?」

「おう。日本の女も可愛いのが多いよな。もし俺が日本にいたらモテモテだったかもしれないな!」

「さあなぁ、感性ももしかしたら俺達と一緒かも知れないしな」

「うぐぐ……日本にも俺の良さに気付かない女が多い可能性が多いというのか……」


 歯を食いしばって悔しがる鳥彦。……本気で行けると思っているのだろうか、鳥彦の奴は。


「そういや、見たか昨日のニュース?」


 悔しがっていたかと思うと、突然話題を振ってくる鳥彦。えーっと、昨日見たニュースと言えば……。


「ああ、もしかして日本のニュースか? 確か溺れた犬を助けたって奴だよな」

「違う違う、月裏のニュースだよ。日本が好きだからって日本の情報にかまけて、月裏のニュースを見てないだなんて感心しないぜぇ弥京」


 ぬっ。お前だってニュースなんて全く見ないだろうにえらそーに。


「どーせどっかのバカが銀行強盗して、警察に返り討ちにされたとかそんなんだろ。バカが起こすニュースが多すぎて、どうしようもないと思ってみてねーんだよ」


 轢かれた奴が轢いた奴をぶち殺す交通事故だの、テロリストを皆殺した清掃員だの、どっかのマフィアが偶然居合わせた奴に発砲してしまって壊滅しただの、そんなバイオレンスな話ばかりの月裏のニュース。いい加減飽き飽きする。


「まあ、確かにそんなばっかだけどよ、今回はこの鏡鳥町付近で起こった事件みたいなんだよ。どっかの怪しげなおっさんの研究所が大爆発して消失したんだとよ」

「研究所ね、ロボットでも開発してたのかよそのおっさん」

「じゃねぇの? 研究所なんて、それぐらいしかやること無いだろ。防衛用ロボット、結構高く売れるしな」

「ああ、確かにな。そうか、金になるんだったら俺も将来は科学者でも目指してみるかね」

「止めとけ止めとけ、糸電話すら作れないお前が科学者なんてなってみろ、機械の素材が全部ガラクタになっちまうぞ」


 嘲笑うように、嫌味ったらしく言う鳥彦。……自覚してるっての。


「おっ、もう学校が見えてきたぞ」

「言わなくてもわかってるっての。どこの観光客だよお前」


 俺がそう言うと、ノリだよノリ、と明るく言い返す鳥彦。学校の何が楽しいのやら、と思いつつ、俺達は校内に入って行った。

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