第5話 矛盾する気持ち
「改めまして、おはようございます、姫。いつもご起床はこの時間ですか?」
食堂に運ばれた朝食を不機嫌な顔で片付けるヴァージニアに、ノアが微笑みながら問いかける。
太陽はすでに高く昇っていた。
「そうよ、悪い?」
ノアには一瞥もくれずにそう言い放つ。
一貫したその態度に苦笑しながら、ノアは首を傾けながら困ったように笑う。
「いいえ、悪くありませんよ。ヴァージニア様、お飲み物はいかがですか?」
「……ありがと」
不承不承にも礼を忘れないのは育ちの良さ故か。
ノアは「どういたしまして」と微笑み彼女のグラスを取ると、ジャグから冷えたジュースを注いだ。
風がカーテンを揺らし、太陽光が床に複雑な木漏れ日模様を描く。
少し離れた鍛錬場からは、小さく兵士たちの掛け声が聞こえる。
「…………」
しかしそんな平和な喧騒と打って変わり、ヴァージニアの胸中は穏やかではなかった。
彼は何も喋らず、ヴァージニアも黙っている。
結果、当然だが室内は沈黙で満たされていた。
(落ち着かない、落ち着かないわ!)
「……ノア」
「はい?」
「沈黙が重いわ。何か話しなさいよ。全く気が利かないわね」
唐突な命令に、背後から僅かに戸惑った気配を感じた。
それに少し胸がすっとし、ヴァージニアはやや得意げに後ろを振り返りながら続ける。
「ほら、早くしなさいよ。それから、後ろに立たれると首が疲れるから正面に来なさい」
「はあ……すみません。では……」
ノアはやや考える素振りを見せながらもヴァージニアの正面に回った。
「先日、深夜の巡回で王宮を回っていた時のことです。ふと窓の外に明かりを感じ目をやると、苦悶の表情を浮かべた女性の顔が逆さに覗いておりま」
「きゃあああああああああああああ!!!」
淡々としたノアの声をヴァージニアの悲鳴が遮った。
「隊長、賊ですか!?」
「いえ、何でもありません。驚かせてすみません」
血相を変えて飛び込んできた衛兵を退室させると、ノアは恐る恐るヴァージニアの顔を窺い見た。
「その……大丈夫ですか、ヴァージニア様?」
「……っ……!!」
ヴァージニアは顔を真っ青にし、耳を塞いで立ち上がると涙目でノアを睨みつける。
「……っ、あんた!わざとでしょ!私が怖い話駄目なの知っててわざと!」
「誤解です!知っていたら話しませんよ」
「絶対嘘!ああもう、だからあんたのこと嫌いなのよ!昔からへらへらして私の命令に逆らったことなんてないくせに、心の中では私のこと馬鹿にして笑ってるんだわ!この根性悪!腹黒!二重人格!!」
好き勝手に喚きながらノアの胸をぽかぽかと叩く。
されるがままになりながら、ノア小さく溜息を吐いた。
「酷い言われ様ですね……どうして私がヴァージニア様のことを馬鹿にするんですか。私は王家に一生の忠誠を誓っているのですよ。王族であられるヴァージニア様を馬鹿にして笑うだなんて、そんなことできるはずがないでしょう」
王族であるヴァージニア様。
その言葉に、何故だか胸がちくりと痛んだ。
しかし彼女がその意味を考えるより先に、ノアが笑顔で爆弾を投下した。
「しかし偶然とはいえ、こんなに可愛らしいヴァージニア様が見られるとは非常に得した気分です。怖いお話は苦手でいらっしゃるのですね、覚えておきましょう」
可愛らしい、ヴァージニア様。
先程と同じ拍子の言葉なのに、形容詞が違うだけで何故こんなに、
「…………っ!!!」
瞬時に顔色を真っ青から真っ赤に変え、ヴァージニアは今度こそ絶句した。
「……っっっ、ばかーーーーー!!!」
そして捨て台詞を吐くと、ものすごい勢いで扉を開け、走り出て行った。