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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
48/50

第47話 幸せに


早朝の旅立ちに向け荷造りをしていると、部屋の扉が遠慮がちに叩かれた。

ノックの仕方で来訪者が誰だかわかる。

ヴァージニアは深呼吸をすると、ゆっくりと扉を開けた。


「……ノア」


「お加減は、いかがですか?」


「うん、ようやく落ち着いてきたわ。……ありがとう」


動揺を押さえて彼を招き入れた。ソファに座るように促すが、ノアはその場に立ったまま動かない。


「ヴァージニア様。……城を、出られるそうですね」


ノアのためにお茶を入れていたヴァージニアの手が一瞬止まる。


(……セフィ兄様……。明日になってから伝えてって、言ったのに)


声に感情が出ないよう、わざと嗜めるように言った。


「今ね、メイソンは自主謹慎中よ。今回のことは彼のせいではないのに、ひどく自分を責めているの。あなたのせいよ、ノア。単独行動に走るから」


救出の手柄をメイソンに譲っていれば、少なくとも彼は名誉挽回の機会を得たのに。


「……そんな余裕、ありませんでしたから」


ぽつりと呟き横を向いたノアに、ヴァージニアは苦笑した。

うん。知ってるわ。

そして、ごめんね。不謹慎だけれど、そのことがとても嬉しい。

ノアの方に向き直って、逸らされたままの彼の顔を見ながら、ヴァージニアは明るく告げた。


「そうよ。私、明日城を出るの。エストレア王室から抜けて、フォルセラト孤児院の院長になるわ。……レアルナ院長も、私がそうしたいなら、いいって言ってくれてる」


「本気ですか、ヴァージニア様」


「ええ。……前に言ったでしょ、私、もし王女じゃなかったら、学校の先生になりたかったって」


夢が叶うのよ、と、テーブルにカップを置いた。


「寂しくないわ。だって、あの子達は私の子供のようなものだもの。明日から孤児院へ行って、院長として、この先誰かと出会っても出会わなくても、後悔をしない幸せな人生を送るわ」


「…………」


「……?ノア、お茶、準備できたわよ」


いつまでも同じ場所に突っ立ったままのノアを再度促すと、眉根を寄せたままのノアが、搾り出すように呟いた。


「……今なら」


「え?」


ノアの顔が上げられ、碧眼が真っ直ぐにヴァージニアを射抜いた。

久しぶりに正面から見る彼の顔に、ヴァージニアの心臓がどきりと跳ねる。


「今なら、何でも一つだけ命令を聞きましょう。どんなことでも構いません」


「……何でも……?」


「はい」


「…………」


ヴァージニアの瞳が、一瞬迷うように揺れた。

何でも言うことを聞いてくれる。何でも。……何でも。

きっとこれが、最後の機会。

でも。

瞼をぎゅっと閉じると、ヴァージニアは晴れやかな笑顔でゆっくりと告げた。


「じゃあ、ね……。ノア・エヴァン・グレイソン。幸せに、なりなさい。……命令よ」


最後の。

心の中で付け足した。


「……はい、ヴァージニア様」


無表情のまま、ノアが答える。

その言葉にヴァージニアは笑って頷くと、静かに息を吐いて俯いた。

終わった。

もう、振り返らない。本当に、これで終わり。


―――そう、思ったのに。


「っ、ふぇっ?」


突然視界に影が差し、驚く間もなく正面から抱き締められた。

全身がノアの匂いに包まれる。柔らかく、しかし力強い抱擁。

一瞬で顔が沸騰する。


「―――、っ……」


思考停止した頭のまま、ただノアの肩口に顔を埋め硬直するしかない。


(え、えええ、な、なんでっ……)


大恐慌に陥ったヴァージニアとは打って変わって落ち着いた様子のノアは、彼女を抱きすくめる腕を少し緩めると、小さな右肩にそっと額を乗せてきた。


「姫様」


いつもよりも幾分低い声が確かな甘さを伴って直に耳朶を打つ。


「ヴァージニア様。……ご命令に、従います。……私と一緒に、幸せになってくれますか?」


「―――っ」


(……嘘でしょう?)


ヴァージニアは泣きそうになりながら目を見開いた。

幸せになる。一緒に。それって、……それって。


「……姫?」


死ぬ。ドキドキし過ぎて、このままでは死んでしまう。

なぜ、一体どうして、急に。

ずるい。人がせっかく諦めようとしているのに、今更そんなことを言うなんて。

感情を逃がすために必死で言葉を探して搾り出す。


「そ、それ、やめて」


「え?」


「ジーナって、呼んで。私もう、姫じゃなくなるんだもの」


瞬間、身体に直に感じるノアの心拍数が上がった。

そのことに堪らない安堵を覚える。


「……ええと、はい、では、えっと、……ジ、ジーナ」


思い切りどもりながら恐る恐る紡がれた愛称に、ヴァージニアは吹き出した。


「ぷ、あはは、どれだけ躊躇ってるのよ、あんたってほんと、……っ、ほん、とに……っ」


笑い声は段々と小さくなり、やがて消えた。

代わりに零されたのは、吐息のような震える声。


「……だいすき、大好き、ノア」


一度溢れたら、止まらなくなった。


「……はい」


抱き締める腕の力が再び強くなる。それに励まされるように、ヴァージニアは息を吸った。


「ずっと好きだったの、優しいところも、ほんとは勇気があって強いところも、ちょっと意地悪なところも、大好きだったの」


「はい」


「ひどいことばっかり、天邪鬼なことばかり言ってごめんなさい。ほんとはずっと素直になりたかったの。素直になって、あなたと手を繋いだり、抱き合ったり、キスしたりしたかったの」


「……ヴァージニア、様」


小さく掠れた声に、ヴァージニアの肩が震えた。


「……な、何よ」


精一杯虚勢を張った声に、思わず笑みが漏れる。

そして笑顔のまま、ノアははっきりと告げた。


「ヴァージニア様。私も、あなたが大好きですよ。愛しています」


「―――っ」


小さな耳が、真っ赤に染まる。

俯いたヴァージニアの表情は見えないが、どんな顔をしているかは容易に想像がついた。



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