第3話 女王様と召使い
「……本日より御三方のお傍に仕えさせていただくノア・エヴァン・グレイソンです。両陛下、そしてヴァージニア様のことは命に代えてもお守り致しますので、どうかご安心ください」
片膝を付いた礼の後自分たちを見上げてにこっと笑った彼の笑顔の柔らかさに、ヴァージニアは思わず心の中で突っ込んだ。
(ちっっっとも安心できないわよ!)
「ノア、そなたが直属騎士になってくれ心より嬉しく思う。どうか堅苦しい言葉遣いは抜きにして、楽にしてくれ。昔のようにザフィエル兄さんと呼んでくれても構わないんだぞ」
ノアはザフィエルの言葉に微笑みながら立ち上がる。
「お心は嬉しいのですが……陛下。王室師団入団の時に決めたのです。自分は騎士として、その生涯をエストレア王室に捧げようと。どうか昔のご無礼はお忘れくださり、従者としてわが主君にお仕えすることをお許しください」
やんわりとした断りにザフィエルが苦笑する。
しかし、そんな和やかな雰囲気を険のある澄声がぶち壊した。
「当然じゃない。そんな当たり前のこと、今更言わないで欲しいわね」
「ヴァージニア!」
ザフィエルの咎めにも動じず、つんと横を向く。
そんな彼女にノアは深々と頭を下げた。
「はい。申し訳ありません、ヴァージニア様」
「わかればいいのよ。ところでノア、私喉が渇いたわ。飲み物を持ってきて頂戴。そうね、トゥリンゴのジュースがいいわ。昨日の夕食後に出て美味しかったの」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ノアは三人に会釈をし、部屋を後にした。
「……ヴァージニア。ノアはお前の召使ではないのだよ」
ザフィエルは渋面で妹を見遣る。
全く、何故ノアに対してだけ女王様然と振る舞い命令するのか。
普段から気の強い妹ではあるが、他の臣下に対してはこのようなことはない。
気さくに話しかけてくれ、労をねぎらってくれると城で働く者の間でのヴァージニアの評判は良い。実際笑顔で庭師やメイドと話しているところもよく見かける。
しかしノアにだけは違う。普段の天真爛漫さが消え棘のある態度に変わる。
何故そうなってしまったのか、とにかくヴァージニアにとってノアは特別らしい。
……もちろん、悪い意味でだが。
「……とにかく、私とジャクリーンはこれから王立孤児院の慰問に向かう。ノアにはすでに伝えて、副隊長以下数名を護衛に付けてもらうことになっているが……いいか、ヴァージニア」
「……なによ」
「何があったかは知らないが、子供っぽい態度でノアを困らせるのはやめろ。ノアがお前に仕えるのはあくまで仕事であって、お前が王女だからだ。決してお前自身を敬慕しているわけでも、崇拝しているわけでもない。ノアは王族専属騎士として、己の任務を全うしようとしているだけだ。それを勘違いして甘えるな」
「あなた」
「……わかってるわよ!ザフィ兄様の馬鹿!」
「ヴァージニア!」
「まあまああなた、ヴァージニアも……大声を上げては何事かと衛兵が参りますわ。少し落ち着きましょう。……ではヴァージニア、行って来ますわね。留守をお願いします」
「……いってらっしゃいませ、お気をつけて」
「ええ、ありがとう……さ、あなた。行きますわよ」
ジャクリーンに背中を押されるようにして、ザフィエルは妻と共に退出した。
一人になり、室内は急に静まり返る。
“――――ノアがお前に仕えるのはあくまで仕事であって、お前が王女だからだ。決してお前自身を敬慕しているわけでも、崇拝しているわけでもない”
「……わかってるわよ、兄様のばか……」
先ほどと同じ台詞を、しかし今度は悔しさと悲しさが入り混じった表情を浮かべ、ヴァージニアは呟いた。