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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
39/50

第38話 生きる希望

「……されていたでしょう」


「え?」


耳元とはいえ、囁かれた声が低過ぎて、上手く聞き取れなかった。


「何もされていないって、されていたでしょう」


ヴァージニアの唇をノアの少しささくれた親指がなぞる。


(……み、見られて……)


全身から血の気が引いて、冷や汗が吹き出た。


「…………っ」


(やだ、やだ、やだ、……きもちわるい……っ)


思い出したようにこみ上げる吐き気。

悔しさにじわりと涙が滲む。

咄嗟に右手を上げ、ごしごしと手の甲で唇を拭う。

と、乱暴に腕を取られて阻止された。


「やっ、はなし……」


反射的に振り払おうとすると、大きな右手で後頭部を固定され、驚く間もなく唇が塞がれた。


「んっ、んんっ……!?」


しっかりと押し付けられた柔らかい感触に、完全に思考が停止した。

咄嗟に胸に手を置き距離を取ろうとするが、ノアの空いた左手で両手をまとめて握られてしまい、それも叶わなくなる。

結局数分間、なす術もなくヴァージニアは硬直したままだった。

「……っ、はっ……」


触れるだけだが長くて熱い口付けからようやく開放されると、またきつく抱き竦められる。


「……ヴァージニア、様」


苦しげに名前を呼ばれる。

頬をノアの黒髪がさらりと掠めた。

優しくヴァージニアの後頭部に回された手が、僅かに震えている。

全身が甘く痺れて頭がまだうまく働かないが、その切羽詰った声音と必死な様子に、ふっと笑みが漏れた。


(2年振り、ね……)


さっきは変わってしまったかも、と思ったけれど。

やっぱり、変わらない。

いっぱい、迷惑をかけたのに。いつでも、どんなときも、温かくて優しい人。


(誘拐犯に唇を奪われて傷付いていた私を少しでも慰めようと……って)


好きでもない女の子のために、こんなことができるくらいに。

本当に昔から、超が付くお人好しで―――残酷だ。

わざと大きく溜息を吐く。


「もう……何情けない声、出してんのよ。全く、あんたなんて臆病で、いつもへらへら笑ってて、部下にも馬鹿にされて。どうしようもなくへたれで、ねえ、ノア」


そこまでまくし立てて一度言葉を切ると、ヴァージニアはふわりと、とても幸せそうに笑った。


「ノア……大好きよ」


「…………」


「あなたが、私のことを大嫌いでも、この想いがどんなに迷惑で厭わしくても、私は、あなたが好き……。ずっとずっと、好きだった……」


2年前に、言い忘れたことがあるの、と、ヴァージニアは小さく息を吸った。


「ねえ、ノア。ちゃんと幸せに、なるのよ。あんたは優しくて、よく見ればかっこいいから、好きになってくれる素敵な女の子が絶対に現れるわ。私みたいにわがままでがさつなじゃじゃ馬じゃない、お淑やかで上品な、……あなたにふさわしい子が」


例えば、いつか楽しそうに話していたメイド。町の装飾具店の娘。

誰でもいい。ノアを幸せにしてくれるのならば、誰でも。

大丈夫。私はちゃんと、この人の幸せを、願える。


「あーあ……悔しい。最後まで……あなたに好きになってもらうことはできなかったわね。まあ、初恋は実らないって言うし……。あなたに好きになってもらえたら、してほしいことがたくさんあったのに。手を繋いで歩いたり、頭を撫でてもらったり、眠れない夜には添い寝してもらったり……あ、でも」


初めてのキスは、ノアとできたわ。

ノアは寝ていたけれど。

ふふふ、でも、教えて、あげない。


「ああ、なんだか眠くなってきたわ……」


彼の体温を感じて、安心したせいだろうか。

瞼が重くなり、勝手に閉じようとするのを必死に堪え、ヴァージニアは一生懸命ノアの顔に焦点を合わせる。

待って、まだだめ。

どうしても、これだけは言わなくちゃ。

だってきっと、次に目覚めたら、きっと彼はいない。

彼の肩を両手でそっと押して、しっかりと視線を合わせる。


「ノア、ノア、あのね、……ごめんね」


ぼやけた視界で、彼の緑色の瞳が見開かれた。


「ずっと、ずっと、謝りたかったの。ごめんね、ごめんなさい。たくさん酷いことを言って、困らせて、傷つけて、ごめんなさい。許してなんて、言うつもりないわ。自己満足なの。だけど、言えて、よかった……」


心残りのなくなったヴァージニアは、幸せそうに目を閉じた。

意識が急激に遠くなり、全身が心地良い浮遊感に包まれる。


「ノア、大好き、ありがとう。でももう、諦めるから。今まで……ごめんなさい」


そして最後にもう一度謝罪の言葉を口にすると、ヴァージニアの身体から力が抜けた。



***



「……自己満足は、こっちの台詞です。ヴァージニア様」


腕の中で眠る彼女の顔を見下ろしながら呟く。

ヴァージニアに意識はない。

言っても聞こえないし、届かない。


「だから、伝えても良いですか?」


今この気持ちを口に出しても、聞いている者は誰もいない。

だからこれは、完全なるノアの自己満足。


ヴァージニア様、と、ノアは あるじの唇に再度、触れるだけの吐息を落とした。


「……愛しています。ヴァージニア様。あなたは私の、生きる希望でした」


だから幸せになってほしかった。

誰よりも、誰よりも、幸せに。

その想いはこれからも変わらず、僅かも色褪せることなく。


ノアの身も心も、その生涯は、ヴァージニアのためだけに在る。




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