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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
38/50

第37話 最も効果的な方法



それからは勝負がつくまでは一瞬だった。

もともと覆面の男は短刀しか持っていなかったが、それよりも単純に技量の差で、男は瞬く間に床に組み伏せられた。

それまで放心状態で横たわっていたヴァージニアだったが、ノアに太腿を貫かれて上がった男の痛々しい悲鳴に我に返り、がばりと上半身を起こした。


「やめなさい、ノア!命令よ!」


やや掠れた、しかし凛とした声で命じるが、


「すみません、今回は聞けません」


大して考慮もされず、早口に即答される。


「ノア!」


ノアは片足を男の胸に置いて押さえると、溜息を吐きながらヴァージニアの方を見遣った。


「ヴァージニア様。あなた、自分がどんな目に合わされたかわかっているんですか。大丈夫ですよ、拷問ならこいつの仲間にしますから。この男一人ここで殺しても何ら問題ありません」



(……だ、大丈夫、って……)


淡々と紡がれる言葉に頭痛がした。

声に感情が入っていない。目もどこか虚ろで焦点が合っていない。

こんなに激情家だっただろうか。もう少し理性的な性格だったような気がしたが。


(この2年、腹黒集団の中で揉まれて変わっちゃったのかしら……)


ヴァージニアの胸に微かな哀愁がこみ上げるが、今はそれどころではないと首を振り、毅然とノアを睨み付けた。


「そういうことを言っているんじゃないのっ!とにかく、駄目ったら駄目!相手は完全に戦意喪失しているわ!第一、子供たちもいるのよ!」


最後の言葉はヴァージニアからすると一撃必殺の切り札だったのだが、


「二人とも気絶していますから、心配要りません」


軽く一蹴された。慌てて視線を移すと、ルウェリンは腹を蹴られた時にそのまま、カーヤは精神力の限界に来たらしく、二人寄り添って床に倒れている。

二の句が継げないヴァージニアから視線を外し、あくまで淡々と畳み掛ける。


「戦意を喪失していようがいまいが関係ありません。この男はヴァージニア様に危害を加えようとしました。その一点のみで、万死に値します」


「……えーと、えっと……」


(駄目だわ、何も浮かばない!)


大体、普段そんなに使う機会のない脳が今日は最大出力で回転し続けていたのだ。

思考処理能力の限界は、とっくに超えていた。


「ノ、ノア!」


それでも必死に呼び募る。


「……何でしょうか。見たくないなら、ちょっと目を閉じてて下さい。すぐ終わりますから」


(えーとえーとえーと)


混乱は最高潮を極めるが、頭の中は真っ白だ。

だが、それでも早く、何か言わないと。


「やめなさいって言ってるでしょ!やめないと……っ」


「やめないと?」


最早こちらを見もしない。

ああ頭にくる。

ノアのくせに、ノアの分際で、この私をそんな邪険に扱っていいと思っているの。


「やめないと、何ですか」


(―――っ、この、)


頭に血が上り、無意識に吐き出した言葉は。


「きっ、嫌いになるわよ!」


「…………」


室内に沈黙が落ちた。

ノアに胸を踏みつけられた男は、恐怖と酸欠で気を失っている。


(……あ、あれ?……うわあああ、ちょ、ちょっと、今のなし!)


ヴァージニアは我に返ると、頭を抱えて赤面した。

今、何を言った。よりにもよって、一番効果がなさそうで、一番的外れなことを喚いた。

なんで。この局面で、こんな馬鹿な発言を。もう嫌だ。穴があったら入りたい。いっそ、その男ではなく私を殺して欲しい。

しかし、


「……きらいに、なりますか」


「…………は?」


ぽつり、と零された声に、両手に埋めていた顔を恐る恐る上げる。

ノアは無表情に、足元の男に視線を落としたままだ。

でも今の言葉は、聞き間違いではないはず。


(え、……え、まさか、効果あり?)


とにかく、この隙を逃すわけにはいかない。


「そ、そうよ!あんたが今ここでその人を殺したら、私あんたのこと嫌いになるわよ!もうどこかで会っても口もきいてあげないし、あんたのことなんか今後一切考えないし、……えーと、とにかく、私怨だけで人殺しをするような男なんて、私だいっきらい!」


「…………わかりました」


数秒考え込んだのち、ノアはそう言うと静かに剣を鞘に収めた。


(な、なんだかよくわからないけど、良かったわ……っ)


どっと疲れが出た。

ノアは男を縄で縛り上げると、床に座り込んだヴァージニアの目の前まで歩いてきて膝を付いた。


「大丈夫ですか」


ヴァージニアの両手と両足の戒めを解き始める。

手元に落とされた視線と、叱られたあとのような決まり悪さが僅かに滲む声に、ヴァージニアは微笑んだ。


「大丈夫よ、何もされていないわ。……一度は覚悟、決めたけど」


(……あれ?)


ようやく安全が確保でき、さらにここで意識を保っているのはノアとヴァージニアだけだという状況に気が緩んだのだろうか。


「よ、良かった。だって、わ、私」


妙なところで、ひくっと喉が痙攣した。

笑みを作った唇が、少し震える。

堪えられなかった涙が一粒が目尻から滑り落ちるのと一緒に、思わず本音が零れた。


「は、初めては、ノアが、良かっ……」


不意に、強く抱き締められた。


「わっ……」


(……え?え?な、何で?)


一瞬遅れて状況を把握する。

ノアの匂いを間近に感じ、こんな状況なのに頬が紅潮した。




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