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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
37/50

第36話 王女の覚悟

「…………」


「さあ、わかってはいると思うが、俺たちが無事に仲間を奪還して国に戻るまで、大人しくしているんだ。妙な素振りを見せたら、このガキの首が飛ぶぞ」


言葉を失うヴァージニアに、男は静かに言い放った。


(……だめ)


必死に頭を巡らせるが、打開案が思いつかない。

所詮、世間知らずの王女の浅知恵だった。目の前の男の方が、何枚も上手だった。


「……やめ、て」


ほとんど無意識に出た掠れ声は、自分でも驚くほど弱弱しく頼りない。


「あ?聞こえねえな」


「やめてください。その子たちには、手を出さないで」


急に肩を落とし懇願するヴァージニアを男は楽しそうに見下ろした。


「何もしねえよ。お前が変なことをしなければな」


「しないわ。もう、自殺するなんて言わない。抵抗もしないわ。あなたたちが無事にレスランカに帰るまで、ちゃんとついていく。約束するわ。何でも言うことを聞く。だから、その子たちは、解放して」


ヴァージニアは必死で言い募った。


「急に殊勝になったな。そんなにこいつらが大事か?」


「……大事よ。……大切な、家族だもの」


「しかしなあ、何でもするって、お前、軽々しくそんなことを言う意味がわかっているのか?もしかしたら将来、お前のことをもらってくれるっていう奇特な男が現れるかもしれないぜ」


……意味?一瞬何のことかわからずに眉根を寄せたが、すぐに男の意を理解し、ヴァージニアは思わず乾いた笑みを浮かべた。そうか、こいつは、これから私を。


「……いないわよ、そんな人。あなたも知っている通り、私と結婚したがる人なんて誰もいないの。……これからも、現れないわ」


搾り出した声は、半ば本心だった。

そうだ。こんな自分と添い遂げたいと思うような人なんていない。

万が一いたとしても、結婚することはないだろう。ヴァージニアがその人のことを選ぶことはない。だって。


「……ふうん。まあ、安心しろよ。傷物にしちまった責任は取るからよ」


「駄目だ、姫様!こんな奴に、ぐぅっ!?」


叫んだルウェリンの腹を、男が革靴の先で蹴り上げる。


「ルウェリン!」


カーヤが悲鳴を上げ、不自由な身体を動かして倒れこんだルウェリンに寄り添う。


「……っ、は、く、そぉ……」


「ガキは黙ってろ」


「……っひめ、さま……っ」


床に顎を付けたまま訴えかけてくるルウェリンに、ヴァージニアは力なく首を振った。


「ルウェリン。駄目よ。あなたが殺されたら、次はカーヤよ」


「――――っ」


その言葉に、ルウェリンの顔が絶望に染まった。


「よくわかってんじゃねえか。そういうことだ、ガキ。わかったら、そこで指を咥えて大好きな姫様が俺に汚されるのを見てな」


男は再びヴァージニアの前までやってくると、項垂れたヴァージニアの顎を掴み、


「んっ……」


覆面越しに、口付けた

布一枚を通して伝わる男の息遣いに、背筋がぞわりと粟立つ。

気持ちが悪い。悲鳴を上げて振り払いたいのを、必死で我慢する。

感情の遮断。幼い頃から培ってきた処世術。……大丈夫。できるわ。


「性格はじゃじゃ馬、顔は極上。……身体の方は、どうかな」


襟に指が掛かる。


(…………ノア)


心の中で愛しい人の名前を呼んで、ヴァージニアは瞳を閉じた。




***




「…………」


しかし、いくら待っても男はそれ以上行為を進めようとしない。


「…………?」


不審に思ったヴァージニアが瞼を開けると、


「あっ…………」



(……嘘)


そこには、全身に殺気を漲らせて、ヴァージニアに圧し掛かった男の頚動脈に剣を突きつける、ノアの姿があった。


「―――くそっ!」


ヴァージニアに馬乗りになっていた男は咄嗟に身を翻し、壁際に飛んだ。

首元を押さえてノアを睨む。剣先が掠ったのだろう、指の間から血が滲んでいる。

対するノアは剣を一振りすると、無表情に男を見据えたまま構え直した。


(……なんで……)


夢だろうか。あまりに辛い出来事に精神が耐え切れず、幻覚を見始めたのだろうか。

仰向けに倒れたまま、呆然と元専属騎士の男を見上げる。

前から長かった黒髪が、またさらに伸び、前髪に至っては顔の半分を覆ってしまっていた。

その隙間から見える眼鏡の奥の、緑色の両目に浮かぶのは、暗い憎悪、焦燥。


「……ノ……ア」


吐息のような小さな声で名を呼ぶ。

自分でも聞き取れないくらいの、小さな小さな声だったのに。

その幻は確かに反応してヴァージニアを見下ろした。

視線が顔、切っ先が僅かに食い込んだせいで赤らんだ首元、少しだけ寛げられた襟の順に落とされて。


「…………」


殺気に満ちる碧眼の怒りの色が、また一層、深くなった。




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