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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
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第34話 油断の代償


『……ほら、何をぐずぐずしているの、早く来なさい!』


―――うるさいわね。誰?……ああ、私だわ。


『ちょっと待ってください、今行きますから』


困ったような声音に振り向くと、小走りに私を追いかけてくる長身の男。

鬱陶しく伸びた長くて黒い前髪、眼鏡の奥で優しげに細められた瞳。

泣きたくなるほど懐かしい。


『もう!』


やっと追いついてきた男を見上げ、私は頬を膨らませ、腰に両手を当てて何か言おうと息を吸って、


「……っ、は……」


そこで、目が覚めた。


「姫様、大丈夫ですか?」


横から掛けられた心配そうな声にゆっくり首を回そうとして、右耳の上辺りに激痛が走った。


「っ、いった……」


「姫様!?」


瞼をぎゅっと閉じる。ずきんずきんと鼓動に連動して反響する痛みを堪えながら意識を集中させる。

足元は固くて冷たい石の床だ。埃の臭い。手首と足首が固定されていて動かない。

さっきから自分を呼んでいるのは、……カーヤとルウェリンだ。


(……忘れ物をして、院に戻って、二人に会って、それから)


記憶を辿っていると、ツ、と顎の下に冷たい感触を覚えた。


「―――っ」


カーヤの息を呑む音が聞こえる。

短剣だ。

刃の切っ先が、ヴァージニアの喉元に真っ直ぐ突き付けられている。

平たい腹の部分で顎を持ち上げられ、否応無しに顔だけを上向けられた。


「ヴァージニア・メリッサ・エストレアだな?」


上目遣いに睨むと、暗い瞳と視線があった。

全身を黒い装束で覆い、切れ長の目だけがこちらを見下ろしている。

……ああ、確か。以前、同じ抑揚で、同じ質問を受けた。

ノアと共に城を抜け出して街に出た時のことだ。

ヴァージニアは直感的に、孤児院から自分たちを攫ったこの男の正体を朧気ながら悟った。


「―――そうよ」


平坦な声音になるよう心がけて、ヴァージニアは肯定した。

目の端に、自分と同じく手足を縛られた二人の子供を捉える。

ルウェリンが険しい顔で男を睨みながら不自由な身体の後ろにカーヤをかばっているのに気付くと、ヴァージニアは僅かに口元を緩めた。……頼りに、なるじゃない。

心に少しの余裕が生まれる。

前回襲われたときにはノアが守ってくれ、ヴァージニアはただ目を閉じて全てが終わるのを待っているだけだった。それで良かった。

しかし、今ここに、ノアはいない。


(……たがら、今)


ルウェリンとカーヤを守れるのは、自分だけだ。


「……あなたは誰?なぜこんなことをするの?目的は何?」


少しでも動けば、切っ先が喉を傷つける。

冷えた鋼の感触を感じながら、ヴァージニアは静かにゆっくりと問いかけた。

男は答えない。


「私、お城に帰るところだったの。忘れ物を取りに行くだけですぐに戻るって護衛の騎士に言って来たから、今頃みんな心配して探しているわね」


「…………」


「あなたは一人かしら?ずいぶんと勇気のあることね。一国の王女を、単身で誘拐なんて」


「……一人ではない。今、俺の仲間がお前の兄に要求を届けに行っている」


布で覆われた口元が動き、篭った声が返る。


「そうなの。どんなお願いかしら?」


「2年前、お前の護衛騎士に捕らえられた俺たちの仲間の解放だ」


「…………」


予想していた回答だったが、ヴァージニアは一瞬息を止めた。

仲間。2年前ヴァージニアを襲い、ノアによって捕らえられた隣国レスランカの刺客のことだろう。

今は王宮の地下牢に拘置されているはずだが、何らかの手段で仲間に助けを求めたのだろう。


(……ジャクリーン義姉様)


ヴァージニアの脳裏に真っ先に浮かんだのは、レスランカ出身の義姉、ジャクリーンの顔だった。2年前彼女の生国の刺客に襲われたことを、ジャクリーンには話していない。

しかしこの一件で、自ずと耳に入ることになるだろう。

自分の国の人間が、二度に亘ってヴァージニアに危害を加えたことを知ったら。

その時のジャクリーンの心中を思って、ヴァージニアは奥歯を噛み締めた。

ごめんなさい。ジャクリーン義姉様。私がもっと、気をつけるべきだった。


「……あなたたちの主であるレスランカ国王の妹君、現エストレア王国王妃陛下に、申し訳ないとは思わないの。こんなことをして、王妃がどれだけ心を痛められるか……王宮でのお立場も悪くなるわ」


この男たちは、7年前ジャクリーンの実姉である現レスランカ王と王位を争って敗北した前レスランカ王の弟の配下だ。

そのため現レスランカ王に怨みこそあれ、忠誠心などない。わかってはいたが、思わず批難が口をついて出る。


「……あんな女、主だと思ったことなどない。素直に叔父君に王位を譲っていれば良かったのに、生意気にも出しゃばりやがって」


案の定、男は忌々しそうに吐き捨てた。


「妹に至っては、立派な国家反逆者だ。心を痛めようが、立場が悪くなろうが、怒り狂ったお前の信者に嬲り殺されようが、知ったこっちゃない」


くく、と笑って目を細めた男に、ヴァージニアはそれも彼らの目的の一つだったのだと理解した。

王女と叔父の王位を巡る対立を収めるために、当時即位したばかりだったエストレア王ザフィエルに助けを求め現レスランカ王即位の原因を作ったジャクリーンへの、これは復讐でもあるのだ。

ヴァージニアはゆっくりと目を閉じた。

ならば。


「……要求を呑むことはできないわ。今すぐあなたの仲間に連絡して、引き返させなさい」


強い光を湛えた琥珀色の双眸を真っ直ぐに上げると、ヴァージニアは凛とした声で命じた。




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