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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
32/50

第31話 落花枝に返らず



そうして一年が過ぎた頃、ヴァージニアはザフィエルに呼ばれた。


「……どうしたの、ザフィ兄様。急に改まって」


「ああ……その」


重厚な色合いに瀟洒な透かしが彫られた執務机に肘をつきながら、ザフィエルは視線を彷徨わせた。

そんな兄らしからぬ振る舞いにヴァージニアが愉快そうに吹き出す。


「なあに、どうしたの、兄様。公務のお話?大丈夫よ、貴族のおじさま方やお嬢様方とお話するのも以前ほど苦じゃなくなったし、礼儀作法も最近板についてきたって、先生方に褒められるもの」


「いや、そうではなくて……ヴァージニア。お前、見合いをしてみないか」


「……え」


「気が進まなかったら断っていい。しかしここ数ヶ月、ぽつぽつと方々から打診があるんだ。ヴァージニア王女はどういった人物が好みなのか、もう決まった相手はいるのかなど」


驚きに目を見開いているヴァージニアを眺めながら、ザフィエルは心の中で当然の反応だ、と頷いた。

何せ今までは断られることの連続で、見合いの相手を探すことの方が難しかったのだ。

だがザフィエルは同時に、この展開に納得もしていた。

ヴァージニアは綺麗になった。

生来の天真爛漫さは残しながらも、ここ半年で随分大人びた顔を見せるようになった。

花が咲いたような笑顔を零したかと思えば、次の瞬間には憂いのある表情を浮かべる。

その不均衡な危うい雰囲気に魅せられた者が大勢いたとしても不思議ではない。


(こんな顔をするようになったのも、あいつが原因だろうが……)


優しい緑色の眼をした、黒髪の旧友が脳裏に浮かぶ。

ノアは数日前に、王室師団の団長を辞任していた。

『もともと、私は繋ぎでしたから。前師団長から課せられた役目は有望な次期師団長を育てること。……職責は、果たしたつもりです』


退任を申し出るためにこの部屋を訪れた彼は、そう言って笑った。

王室師団長を辞したノアは、若いながらも参謀本部で作戦参謀という地位に就いた。

参謀本部は参謀長の下に副長が二人付き、それぞれが作戦参謀と情報参謀を務める。

作戦参謀は何千といる兵士それぞれの能力、本人も気付いていない性格や資質を把握し、有事の際には適材適所、局面にあった人材配置をしなければならない。

セルフィエルは、次期師団長が育った暁にはノアを作戦参謀に、と言い残して都を後にした。その理由が、今ならばわかる。

しかし参謀本部に籍を置く者は、軍部所属ではあるが文官だ。

彼の武術の力量を考えると惜しい気もしたが、弟のセルフィエル曰く、「ノアの本領は戦闘能力でも人の上に立つことでもありません。人の本質を見出す目と、その本質を引き出し育てる能力です」とのことだった。

ノアに変わって団長に就任した元副団長のメイソンは、実力・人格・忠義心全てにおいて申し分ない男だった。部下からの信頼も篤い。

一年前、メイソンを副師団長に選んだのはノアだ。その選択はこの上なく正しかったと言えよう。

メイソンの団長就任式の日、すなわちノアが団長を辞任し所属が王室師団から軍本部に異動になる日。これからはノアを目にする機会がほぼ全くなくなるとわかっていたはずだが、ヴァージニアは終始静かだった。

大丈夫か、と訊けば、ヴァージニアは間違いなく大丈夫と答えるだろう。

だから訊かない。だが何か別の方法で、ヴァージニアの心を癒せないかと考えた。

ヴァージニアはまだ若い。先日15歳の誕生日を迎えたばかりだ。


将来に繋がらなくてもいい。

ただ、彼女に何らかの良い変化をもたらしてくれればいいと思い、ザフィエルは今回の見合い話を妹に持ちかけてみたのだった。


「…………」


ヴァージニアの金色の双眸が、じっとザフィエルを見つめる。

そして数秒の後ふっと唇を綻ばせると、ゆっくりと頷いた。


「……わかったわ。兄様。兄様が良いと思う方に、何人かお会いしてみる」


笑顔で了承したヴァージニアにザフィエルは驚きと安堵、不安が入り混じった複雑な思いを抱いた。


「……ああ。では女官長に予定を組ませる。決まったら、彼女から連絡がいくようにしておく」


「うん。……兄様」


「なんだ」


「……ありがと、ね」


「…………」


退出の際、こちらに背を向けたまま小さな声で告げられた声に、一人になってからザフィエルは、深く長い溜息を零した。

結婚相手を探すのに苦労していた頃は、彼女の自由奔放さにあれほど頭を痛めていたというのに。今はあの眩しいほどの明るさが恋しいなんて。


(……大人というのは本当に、勝手なものだな……)




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