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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
29/50

第28話 破滅への一手か、それとも


「わあ、ノアの部屋なんて、入るの初めてだわ!」


ノアが自室の扉を開けると同時に彼の横をすり抜けて室内に駆け込んだヴァージニアは、歓声を上げながらぐるりと視線を一周させた。

当たり前だが、白い壁に囲まれた長方形の部屋はヴァージニアの私室と比べると格段に狭い。小さな窓のある壁際に寝台が置かれ、隅には小さな机と椅子がある。入って右側の壁にもう一つ扉があるが、その先は恐らく浴室と手洗い場だろう。


「殺風景ねえ……」


「あ、ちょ、姫!」


慌てるノアを尻目にヴァージニアはずんずんと歩みを進める。


「それにしても狭いのねえ、他の騎士団員の部屋とも少し離れていて、日当たりも悪いし……ここって、団長用の部屋なの?」


「……いえ」


口篭るノアにヴァージニアの眉間に皺が寄った。


「……まさか広かったり場所が良かったりする部屋は全部他の団員に取られて、あんたはこの余りものの部屋で我慢してるって訳?団長になったのに?」


「……別に、我慢しているわけでは……。私は別にどこだって構いませんし、この部屋は確かに面積は広くありませんが静かで気に入って」


「あーもう!ほんっとに情けないんだから!そんなんだからいつまでも舐められるのよ!」


ぷりぷりと怒りながら奥に置かれた小さなキャビネットを開けると、騎士団の制服とくたびれたシャツとトラウザーズが何組か見えた。

下着らしきものがちらりと視界に入る。

それを引っ張り出そうと伸ばしたヴァージニアの手首を、ノアが背後からパシリと捕まえた。


「勝手に開けないで下さい!何を考えているんですか!」


頬を染めて狼狽えるノアなど意にも返さず、ヴァージニアは振り返ると呆れたような半目でじろりと部屋の主を仰いだ。


「あんたねえ、デートだって言ってたじゃない。手持ちの服が訓練着と寝巻きと制服だけって、一体何着て行く気だったのよ」


「…………制服です」


逸らされた視線と共に返って来た答えに、ヴァージニアは両腰に手を当て溜息を吐いた。


「明らかに今消去法で選んだでしょ!全く、こんなの私が心配することじゃないけど、デートで騎士団の制服なんか着てこられたらがっかりだわ……」


ノアは数回瞬きをすると、困惑の表情を浮かべた。


「……何故ですか?団服姿が素敵、と褒められましたが」


「それはあくまで仕事をしている時のあんたが素敵、ってことでしょ!デートは仕事じゃなくて完全に私的な時間なんだから、普段はあまり見られない私服姿のあんたが見たいわよ、きっと」


「……姫も、ですか?」


「え?」


「姫も、デートでは相手の男性に私服姿で来て欲しいですか?」


「私……?」


「はい」


普段なら何て残酷な質問をするのだろうと嘆いているところだが、酒精で頭がうまく回らないヴァージニアは素直に想像した。そして頷く。


「……そうね。うん、私服が嬉しいわ、たぶん。何か、ああちゃんと私に会うために服を選んでくれたのかしらって、思うもの」


「……そういうものですか」


「そういうものよ」


「…………」


「…………」


ふいに、室内が沈黙に包まれた。

一拍置いて、


「ふ、ふふっ、あはは」


突然笑い声を上げたヴァージニアに、ノアは怪訝そうに眉を顰めた。


「……姫?」


「あはは、ふふ、だーってぇ」


ヴァージニアは膝丈のドレスの裾を翻してくるりと踵で一回転すると、ぽすん、と背中から寝台に倒れ込んだ。


「姫!何をして」


「だって」


響いたのは、打って変わって感情のない声。


「っ、」


「……だって……嬉しかったの。久しぶりだったから。こういうの」


「…………」


ノアは咎めようとした言葉を飲み込み、自分の寝台の上の主を見下ろした。

顔の上で交差された華奢な両腕に隠され、表情は見えない。

唯一見える小さな赤い唇は、きゅっと一文字に結ばれている。

白いシーツに広がる、金糸の髪。


「…………姫」


少しの逡巡ののち、躊躇いがちに近付く。


「……姫?」


心配そうな声音と共にそっと伸ばされる手。

それがヴァージニアに触れるか触れないかまで近付いたとき、


「うわっ」


ぐい、と腕を引かれた。

完全に不意を突かれ均衡を崩しつつも、ヴァージニアを下敷きにしないよう反射で腕を付く。

そのまま肩から倒れ込み、すぐに半身を起こそうとするが―――胸に柔らかな重みを感じて、ノアはぎくりと静止した。

ヴァージニアが満面の笑みを浮かべて、ノアの上に馬乗りになっていた。


「……姫、どいて下さい」


「ふふ、油断したわね。泣いてるかと思った?」


両手をノアの胸に置き、両足は彼の片足を跨いで得意気に鼻をならす。


「……どいてください。姫様」


(うわ、怒ってるわ)


少しずれた眼鏡の奥の碧眼が細められている。

ぞくり、と背筋を這うものがあったが、同時にとくん、と胸が高鳴った。

こんな表情を見せるのは、きっと私にだけ?

セフィ兄様にも、彼を馬鹿にする騎士団の部下にも、……彼を慕う、あのメイドにも。

きっと、こんな顔は見せない。


「…………いやよ」


す、っと両腕を彼の首に回した。

力を込めたわけではないのに、ヴァージニアの指が首に触れると、ノアはびくり、と身体を震わせた。

ふ、と口元に薄い笑みを浮かべて、ヴァージニアはノアの耳元に唇を寄せた。


「ノア。……好きよ。……ノアは、私のこと、嫌い……?」


「―――っ」


彼が息を飲む音が、すぐ近くで聞こえた。

完全に固まったまま動かない彼に、ヴァージニアはくすくすと笑いながら上体を倒して、僅かに身を起こしたままでいたノアに上半身を密着させてさらに深く抱きついた。


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