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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
26/50

第25話 砂糖は溶けず、苦いまま


翌日から、彼と彼女の攻防戦が始まった。

朝。ノアがヴァージニアの部屋の前に行くと、


「おはよう。全く待ちくたびれたわ。もうとっくに準備はできているの。さ、朝食を食べに行きましょうか」


しっかりと身支度を整えたヴァージニアが扉の外で待っていた。


「……おはようございます。お早いですね」


「あら、普通よ。あんた、いつもこの時間に起きるの?遅いのね」


ふふん、と余裕の笑みに顔を綻ばせるヴァージニアに、ノアはにっこりと笑って首を振った。


「ああ、いえ、起床は日の出の少し前です。まず騎士団の朝の訓練に参加し、それから来るものですから」


「…………」


何故かヴァージニアが目を見開き絶句した。唇を引き結んで下を向く。


「……ヴァージニア様?」


覗き込むと、伏せた顔の下から悔しげな声が絞り出された。


「……私も」


「はい?」


「私も、そうする!日の出と同時に起きて、あんたが訓練から帰ったら、飲み物作ってあげる!」


「えええ、結構ですよ……」


本気でげんなりした表情を浮かべる専属騎士を、ヴァージニアはきっと睨み付けた。


「うるさい!逆らわないの!」


「はい……」


そして、翌朝。

ノアは訓練のために自室を出てぎょっと目を見開いた。

扉の脇に蹲る小さな影を見つけたからだ。

何故か頭から爪先までを黒いローブで覆っている。


「ヴァ、ヴァージニア様!」


「あ、おはよう、ノア。今日も良い天気になりそうね」


一体ここで何をしているのか。いつからいたのか。

無邪気にこちらを見上げる王女の顔にノアは軽く眩暈を覚えた。


「ヴァージニア様、こういったことはお止めください。お一人でこんなところにいて、何かあったらどうするのですか。第一、誰かに見られたら」


「大丈夫よ、ノアの部屋を出る時間は大体わかっていたし、ほら、見られても私だとばれないように変装してきたわ!」


「…………」


この格好では余計衛兵に見咎められそうだが。

どこから突っ込んだらいいかわからず渋面を作るノアの背中を、ヴァージニアは上機嫌に押した。


「ほら、早く行かないと訓練に遅刻するわよ!」


訓練の後、嫌な予感を覚えながら王族の居間を訪れると、そこには鼻歌を歌いながらノアのために飲み物を用意するヴァージニアがいた。


「…………」


「あ、訓練お疲れさま。さ、座って」


「姫」


はっきりとした声で呼べば、ヴァージニアがぴくりと静止する。


「姫様。いくら良くして頂いても、私はあなたに、あなたの望む気持ちを返すことはできません」


名前は呼ばずに、冷ややかに突き放すように、一言一言を区切って話す。


「…………」


「それに、こういった特別扱いが他の騎士の目に触れれば、皆いい気はしません。私の立場も、悪くなります。……まあ、今でも良いとは言い辛いですが」


ヴァージニアがノアに対する好意を表に出すとき、彼女は周りに人がいないか細心の注意を払っている。

他人が周囲にいる時には、今までと全く同じ態度を貫いていた。

彼女が自身の行動にどれだけ神経を遣っているかを充分に承知した上で、あえてノアはわかっていないような口調で告げた。

さらに自分の人望のなさの原因が全てヴァージニアにあるかのような一言を付け加える。

実際には、彼の出自と性格が主な理由だが、自分のせいだと負い目のあるヴァージニアの瞳を曇らせるには充分だった。


(……ずるい、な)


ちらりと罪悪感が頭の片隅を掠めるが、すぐに打ち消す。

主を悲しませるのは本意ではないが、ノアへの気持ちを諦めさせることが今は最優先事項である。


「……わかった。ごめんなさい」


泣くか怒るかと思われたヴァージニアだが、無感情に一言呟くと、ノアの脇をすり抜けて部屋を出て行った。


「…………」


残されたノアは無言でソファテーブルに歩み寄った。

テーブルのコースターの上に置かれたのは、何やら緑色のどろりとした液体に満たされたグラス。

まだ結露はしておらず、僅かに表面が曇っているだけだ。


想像する。

誰にも見つからないように、城のどこからかこっそりと訓練場を見下ろすヴァージニアの姿を。

騎士団が掛け声を上げて鍛錬に打ち込む様を眺めながら、タイミングを図り、厨房に行き、飲み物を作る。

ちょうどノアが居間を訪れる頃に、冷たく一番美味しい状態で用意ができるように。


グラスを持ち上げる。

こくり、と一口飲む。


「……、まず……」


思わず声が漏れた。

青臭くて、苦い。

身体に良い野菜を料理長に聞いて自分でブレンドしたのだろう。

じゃり、とした感触が奥歯に触れる。砂糖、だろうか。

おそらく味見をした際、あまりの苦さに少しでも中和できるようにと砂糖を入れたのだろう。

……溶けていないけれど。


「……はは……」


気が強くてわがまま。

怒りっぽくて、高飛車で、

けれど、誰よりも優しく、情に厚い王女様。


「……本当に、馬鹿ですよ……」


彼女を手に入れる機会も、その資格もあったのに。

今まで彼女の評判と表面の性格だけを見て、幻滅して去っていった男たちの、なんと見る目のないことか。


「大丈夫ですよ、ヴァージニア様。今に、絶対、素敵な王子様が現れます」


間違っても自分のような暴言は吐かない、優しい彼女にふさわしい優しい男性が、きっと。

彼女には充分すぎるほどその価値があるし、権利がある。


ノアはグラスの中身を一気に飲み干すと、姿を消した主を探しに部屋を出た。





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