第24話 恋愛対象外宣言
「…………へ?」
一瞬、何を言われたか理解できなかった。
まだ僅かに頬を染めたまま、ヴァージニアの思考は停止した。
今、何て。
「聞こえませんでしたか?ではもう一度言いますね」
「…………」
「あなたの想いは、迷惑です」
「―――っ、な」
今度は、しっかりと脳まで届いた。
しかしまだ完全に理解できたわけではない。
「め、めいわく、って」
呆けたまま鸚鵡返しに返すと、ノアはヴァージニアから二、三歩離れ、小首を傾げながら口角を上げた。
「正直なところ、こんなにはっきりとお伝えするつもりはありませんでした。でも、どうやらきちんと言わないとわかっていただけないようでしたので」
「な、何を?」
「私が、恋愛対象としてはヴァージニア様に全く興味がないことをです」
「…………」
ヴァージニアは眩暈を覚えた。
地面が歪んでいるような感覚さえする。
これは、誰?
いつもと同じ表情、いつもと同じ口調。
どこまでも穏やかに、しかし次々と残酷な言葉を並べる、目の前のこの男は誰?
「何を驚いているのですか?……まさか、ご自分の想いが受け入れられるとでも思っていたのですか?」
「…………っ」
心底不思議そうに問われ、先程とは違った意味でかぁっと顔が熱くなる。
受け入れて、もらえるかもと。
確かに、心のどこかでは、期待していた。
「ヴァージニア様。あなたはこの国の王女で、私の仕えるべき主です。その時点であなたをそういう対象に見ることは有り得ませんが……あなたは、この答えでは納得しないのでしょう」
「―――っ、そうよ、ちゃんと私を一人の女性として見て、それで答えを出してくれなきゃ」
「ですから、その答えは申し上げました。迷惑です、と」
何かが詰まったように苦しい胸を両手で押さえながら言い募るが、静かに遮られ、ヴァージニアは二の句が継げなくなる。
そんな彼女から視線を外し、ノアは片手を顎にあて天井を見上げた。
「例えば……そうですね。あなたと私が近所に住む幼馴染同士だとしましょう。身分は同じ平民、親同士の仲もよく、恋仲になるのに何の障害もない状況です。……しかし」
にっこり、と微笑む。
「申し訳ありませんが、それでも無理です、ヴァージニア様。そのような状況でも、私があなたを好きになることはないでしょう」
「どう……して?」
「容姿は誰もが羨むほどに恵まれていますが、性格は高飛車、気が強く、常に高圧的。何年にもわたって下僕扱いされて、見下されてきましたからね。ヴァージニア様、冷静に考えてみてください。あなたが私なら、あなたを好きになりますか?」
「……だ、って、何も、言わなかったじゃない。嫌なら、そう言えば良かったじゃない。なのに、何も言わず、今まで、」
「もし言えば、態度を改めて下さいましたか?」
「…………」
それはない。
おそらく、鼻にもかけず一蹴して終わりだっただろう。
「…………。でも、言ってくれたじゃない。私のこと優しいって、私は私が思うよりもずっと、国民に慕われているのだから、自信を持てって」
「ええ、言いました。本心ですよ。誤解して頂くと困るのですが、私はあなたのことは尊敬しています。人として、そして王女としても。ただ、恋愛対象としては見られないだけで」
淡々と返され、いつかの兄の言葉が蘇る。
“――――ノアがお前に仕えるのはあくまで仕事であって、お前が王女だからだ。決してお前自身を敬慕しているわけでも、崇拝しているわけでもない”
この言葉が、今ほど強く身に染みる時はない。
ヴァージニアは下唇を噛んだ。
「……ノアは、どんな女の子が好みなの?」
そこで、あなたのような方ですよ、と微笑んでくれるどんでん返しはもう欠片も期待せずに、ヴァージニアは力なく問う。
「そうですねぇ……。やはりお淑やかで家庭的な女性でしょうか。いつも笑顔であまり怒らない、一緒にいるとほっとするような方が理想ですね」
ヴァージニア様とは、正反対の。
直接言われたわけではなかったが、言外に含まれた意味を正確に理解し、ヴァージニアは口の端をひくりと引き攣らせた。
「そう。……よく、わかったわ」
「ご理解頂けて、何よりです」
そう微笑む騎士の顔が、これほど憎らしく見えたことはない。
徐々に衝撃から立ち直ってきたヴァージニアは、怒りや悲しみを通り越して笑い出したいような気持ちになっていた。
なんて滑稽な。
しかし同時にあることに気付いて、小さな感動を覚えていた。
(……すごいわ、私)
こんなにぼろぼろに言われているのに。
まだ、ノアのことが、変わらずに好きだ。
「……ふ、ふふふ……」
むしろ安堵した。
これだけ否定されても色褪せない想いだ。
自信を持って、突き進める。
「ヴァージニア様?」
失恋のショックに打ちひしがれていると思っていた主の口から漏れた不気味な含み笑いに、ノアが顔を強張らせて一歩下がった。
「……ノア・エヴァン・グレイソン!」
「はい」
びし、と指を突きつけられ、通る声で名を呼ばれ、ノアは反射的に姿勢を正した。
「よくも、言いたい放題言ってくれたわね……だけど」
ヴァージニアは毅然と顔を上げ、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「そんなことで嫌いになるなんて思ったら、大間違いよ!むしろ絶対に振り向かせてやるって気持ちがさらに強くなったわ!」
ノアは小さくため息を吐き、窓の外に目をやった。
「そんな無駄なことに労力を費やす暇があるのなら、知識と教養、気品を身につける努力をされた方が姫の将来のためにも余程建設的かと思いますが」
「ふん、少しでも王女らしくして離れていった婿候補をもう一度魅了するために?あんた、つくづく酷い男ね、それが自分に惚れている女にいう台詞なの?」
「心外ですね。心からヴァージニア様の未来を案じた故の助言でしたのに」
「嘘ばっかり!自分が解放されれば私が誰と結婚しようが構わないくせに」
「そんなことありませんよ。結婚相手は、あなたを一生幸せにできるお方であることを願って止みません」
「だったら簡単だわ。その相手は今、私の目の前にいるもの」
「私と一緒になることがあなたの幸せに繋がるとは、到底思えませんが」
「私の幸せは私が決めるの!ノア、あんたと結婚することが、私の幸せなのよ!」
「……話になりませんね。少し頭を冷やされるといいでしょう」
「あんたこそ、そのがちがちの頭をもう少し柔らかくしなさい!」
高らかに言い放つと、ヴァージニアはぜいぜいと肩で息をした。
叫び続けたせいで、少々酸素不足だ。
そんな彼女を呆れたように一瞥し、ノアは溜息を吐いて一礼した。
「私は部屋の外に出ていますから。……何かございましたら、すぐにお呼び下さい」
そのまま背を向けると、振り返らないまま退室していった。




