第23話 優しく囁かれた、その答えは
「…………」
再び室内に静寂が戻る。
しかし今度は先程のものとは質が違った。
毅然と顔を上げ、鼻の頭を赤くし据わった目をしたヴァージニアと、彼女の正面に跪いたまま呆けたように碧眼を見開くノア。
「……何よ。……びっくりした?」
少々やけっぱちに言い放てば、彼女の専属騎士はゆるゆると頷いた。
「…………しました」
「ああそう。……じゃあ、改めて言うわね。ノア、私はあんたが好きよ」
さらりと言うはずだったのに、今度は少し、語尾が震えた。
冷静になるにつれて心臓が早鐘のように鳴り出す。
……言ってしまった。
(……でも)
勢いでしてしまった告白だったが、いい機会だ。
彼の気持ちを聞きたい。
しばらく固まっていたノアだったが、ようやく我に返り、二、三度ぱちぱちと瞬きをして、
ゆっくりと立ち上がる。
そうして、
「……ありがとうございます」
いつも通りに。
穏やかに微笑んだ。
そう、あまりにもいつも通りに、柔らかく笑って、平然と返すから。
ヴァージニアの心臓が、嫌な音をたてて、どくん、と鳴った。
動悸が激しくなり、不快感が胸から喉にせり上がる。
……気持ち、悪い。
「……お礼なんて、いらない」
そう搾り出すように呟けば。
「そうですか。では……光栄です?」
惚けているのか真面目なのか読めない口調。
「違うわよ……!」
もどかしい。すれ違う問答に、ヴァージニアは歯噛みした。
「ねえ、ノア。……ノアは、私のこと、どう思ってる?」
「大切なお方ですよ」
「そうじゃなくて、異性として、一人の女として、どう思っているの?」
あくまでのらりくらりと躱すノアに、しつこく食い下がる。
と、ノアが吹き出した。
まるで、考えたこともなかった、というように。
「―――っ」
その笑い方に、ヴァージニアは少なからず傷付いた。
しかし、さらに追い討ちをかけるようにノアは続ける。
「おんな、というには、まだ少し可愛らしすぎるような気がしますが」
わずかにからかいの混じる口調に、ヴァージニアの頭にかっと血が上った。
(なによ……っ)
告白、しているのに。
意味、わかっているくせに。
私が本気なのも、何を訊きたいのかも知っているくせに!
感情が、制御できない。
苛立ちが最高潮に達し、ヴァージニアは両手を握り締めて声高に叫んだ。
「そんなこと言ってるんじゃないわ!わかってるんでしょう?私があなたの恋愛対象になれるか訊いているの。私はあなたにとって、女性として魅力的?かわいい?色っぽい?恋人にしたい?奥さんにしたい?キスしたい?抱きたい?」
息を継がずに一気に吐き出す。
「……ヴァージニア様」
さすがにノアの顔が険しくなる。
当然だった。
こんなことはとても、王女の口にしていい言葉ではない。
誰かに聞かれたらどうするのか。暗にそう言っているのがわかる、咎めるような、諌めるような声音。
しかし今のヴァージニアにとって、そんな彼の分別臭い態度がどうしようもなく癪に障った。
どうしてなの。
恥も外聞も捨てて真正面からぶつかっているのに、どうして伝わらないの。
絶望的な無力感を感じ、その場に膝をつきたくなる。
「……なんで……」
荒い息と共に漏れた声は、どうしようもなく弱弱しくて、情けなかった。
こんなの私らしくない。
だけど、そんなの構っていられる余裕はない。
縋るように黒髪の騎士を見上げる。
少し近づけたと思っていたのに。
今は、こんなにも遠い。
「何で、ちゃんと答えてくれないの。私が王女だから?仕えるべき主だから?だとしたら、そんなのひどい。そんなの、私にはどうしようもないことじゃない。それを理由にしてはぐらかすなんて、そんなの……卑怯だわ……」
こんなに、好きなのに。
ず、と鼻を啜る。
ああ、なんてみっともない。
「…………わかりました」
しばしの沈黙の後の小さな声に、ヴァージニアは顔を上げた。
「へ?……、わっ」
いつの間に近づいたのか思いの外近くにノアが立っている。
「……ノア?」
無表情にヴァージニアを見下ろす碧眼を見つめ、不安げに名前を呼ぶ。
いつもと違う雰囲気を感じ取り、背筋がわずかに震えた。
無意識に後ずさると、とん、と固い壁の感触が背に当たる。
表情を変えないまま身を屈めたノアの顔がヴァージニアの顔に近づく。
「ノ、ノア、え、ちょ」
(なになになに、何なの!)
「ヴァージニア様の真剣な想いに応えて、私も本音で答えましょう」
「…………っ!」
顔を真っ赤に染めてぎゅっと目を瞑り、全身を固くしたヴァージニアの耳元で、ノアはこれ以上ないほどに優しい声で囁いた。
「あなたの想いは、迷惑です」




