第22話 子ども扱いしないで
「聞きたいこととは、何でしょうか」
王族の居間に二人きりになり、ノアはソファに腰掛けたヴァージニアを見下ろした。
「ノア、アリーシャ義姉様と知り合いなの?」
「え?」
「昨日の夜、見たの。二人が中庭で話しているところ」
「……そうですか」
「ノア、アリーシャ義姉様とはどういう知り合いなの?」
返事がない。
不審に思って傍らに立つノアを見上げると、彼は不意を突かれた表情でヴァージニアを凝視している。
(…………?)
「どうしたのよ?早く答えなさい。そんなに難しいことは訊いていないでしょう?」
「……ええと……」
所在なさ気に口篭るノアに、ヴァージニアは焦れて溜息を吐いた。
何をそんなに躊躇っているのだろう。
二言三言の簡潔な答えが返って来ると思っていただけに、即答が得られないことがじれったかった。
「あのねえ、ただ純粋に興味が湧いただけよ。別にあんたとアリーシャ義姉様にどんな繋がりがあったって気にしないけど、そこまで狼狽えられると気になるじゃない」
「……すみません。言えません」
「え?」
小さく聞こえた声に、反射的に顔を上げる。
見上げた先にある騎士は、申し訳なさそうにハノ字眉を作ると、深々と頭を下げた。
「申し訳ございませんが、お答えすることはできません」
「え、……え。な、なんで?」
思わず声が裏返った。
静かな、しかし確固たるノアの拒絶に、ヴァージニアは自分でも驚くほどの衝撃を受けた。
(…………嘘)
はっきり言って、こんな答えはまるで想定していなかった。
ノアがヴァージニアの命令をここまで明確に拒否したのは初めてのことだ。
「な、何言ってるのよ……」
どうにか自分を取り繕いながら、必死に余裕の笑みを浮かべようとする。
唇の端が、ひくりと引き攣った。
こく、と唾を飲み込み、努めて冷静に聞こえるように声を押し出す。
「ねえ、ノア。勘違いしないで。最近ちょっと仲良くしてあげているからって、自分の立場を忘れたのかしら?私は王女、あなたは騎士なのよ。私はあなたの主人で、その私が命令しているの。教えなさい。あなたに拒否権はないのよ」
「……すみません」
精一杯申し訳なさそうに振舞いながら、しかしノアは意思を曲げない。
ヴァージニアは立ち上がり、つかつかと長身の騎士の元に歩み寄ると、彼が床に落とした視線を上目遣いに掬い上げた。
「何でそんなに隠す必要があるのよ!何か疚しいことでもあるの?」
「…………」
口を噤んだままのノアに背を向け、ヴァージニアは片手で前髪を掻き上げた。
「わかったわよ。もうあんたなんかには訊かない。アリーシャ義姉様がお戻りになったら教えて頂くから」
「だめです!」
急に鋭い声が飛び、ヴァージニアはびくりと肩を震わせた。
……何、今の。
ノアが、私に、怒った……?
「…………」
声も出せずにゆるゆると振り返り、いつの間にかこちらを真っ直ぐに射抜く碧眼をまじまじと見返す。
するとノアがはっと息を呑み、顔を歪めて小さくまた すみません、と呟いた。
「……大きな声を出したりして、あの……申し訳ありませんでした。……でも、お願いです。アリーシャには、何も訊かないでください」
「…………」
ちくり、と、胸が痛む。
ヴァージニアはそこで初めて、アリーシャに対して嫉妬の念を覚えた。
アリーシャ。呼び捨てなのね。そんなに親しい間柄なの?
「セ、セフィ兄様は……」
精一杯の自尊心で、動揺を押し隠す。
「セフィ兄様は、知っているの?ノアと、アリーシャ義姉様が、どういう関係か」
そうだ。もし二人の関係が二人だけの秘密なら、まだ救われる。
子供っぽい考えだけれど。
仲間外れは、自分だけではない。
けれど、返された答えは非情だった。
「エルですか。……そうですね、知っています」
「……っ!」
ぐさり、と胸が抉れられた。
「ザ……ザフィ、兄様、も?」
「ええ」
「…………」
ヴァージニアの最後の矜持が、ぱき、と音を立てて砕けた。
「……じゃ、じゃあ……私にも、教えてくれたって、いいじゃない……」
縋るような声音になったことに惨めさを感じながら、ヴァージニアはスカートをきつく握り締めた。
一瞬の逡巡の気配の後、ヴァージニアの専属騎士は、ぽつりと言った。
「……ヴァージニア様には、関係のないことですから」
「…………」
しばしの間、室内を沈黙が満たす。
「…………えっと」
俯き、完全に沈黙してしまったヴァージニアをおろおろと覗き込みながら、ノアは口を開いた。
「あの、すみません。単に、昔の、知り合いだというだけです。ヴァージニア様がご心配なさるようなことではありません」
そう言って、ぎこちなく笑う。
しかしヴァージニア力なく思った。
(……本当に、そうなら)
最初から、そう言っていればよかったのに。
もう、その答えは信じられない。
一番初めの質問の答えに詰まった、それはノアの落ち度だった。
「…………」
顔を上げないヴァージニアの正面に、困り切った表情のノアが静かに膝を付いた。
「どうしたのですか、ヴァージニア様。最近、少し様子が変ですよ」
優しく、囁くように、……諭すように、紡がれる声。
まるで、大人が子供に話し掛けるように。
「……っ」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
気に入らない。
全く以って、気に入らない。
その機嫌を伺う声も、膝を付いた姿勢も、慇懃な態度も、何もかも。
「今まで、私の過去など気にされたことはなかったではないですか。何故、今そんなにお知りになりたいのですか」
「……きだから」
「え?」
「ノアのことが、好きだから」
顔を上げ、視線を合わせ、潤んだ瞳で思い切り睨み付ける。
「ノアのことが、好きだからよ!」
もう一度、はっきりと抑揚をつけて言い放つ。
「…………」
碧色の瞳を見開き、呆然とした目の前の男の顔。
(…………ふん、間抜け面)
ヴァージニアは僅かに溜飲を下げると、満足気に鼻を鳴らした。




