表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
23/50

第22話 子ども扱いしないで


「聞きたいこととは、何でしょうか」


王族の居間に二人きりになり、ノアはソファに腰掛けたヴァージニアを見下ろした。


「ノア、アリーシャ義姉様と知り合いなの?」


「え?」


「昨日の夜、見たの。二人が中庭で話しているところ」


「……そうですか」


「ノア、アリーシャ義姉様とはどういう知り合いなの?」


返事がない。

不審に思って傍らに立つノアを見上げると、彼は不意を突かれた表情でヴァージニアを凝視している。


(…………?)


「どうしたのよ?早く答えなさい。そんなに難しいことは訊いていないでしょう?」


「……ええと……」


所在なさ気に口篭るノアに、ヴァージニアは焦れて溜息を吐いた。

何をそんなに躊躇っているのだろう。

二言三言の簡潔な答えが返って来ると思っていただけに、即答が得られないことがじれったかった。


「あのねえ、ただ純粋に興味が湧いただけよ。別にあんたとアリーシャ義姉様にどんな繋がりがあったって気にしないけど、そこまで狼狽えられると気になるじゃない」


「……すみません。言えません」


「え?」


小さく聞こえた声に、反射的に顔を上げる。

見上げた先にある騎士は、申し訳なさそうにハノ字眉を作ると、深々と頭を下げた。


「申し訳ございませんが、お答えすることはできません」


「え、……え。な、なんで?」


思わず声が裏返った。

静かな、しかし確固たるノアの拒絶に、ヴァージニアは自分でも驚くほどの衝撃を受けた。


(…………嘘)


はっきり言って、こんな答えはまるで想定していなかった。

ノアがヴァージニアの命令をここまで明確に拒否したのは初めてのことだ。


「な、何言ってるのよ……」


どうにか自分を取り繕いながら、必死に余裕の笑みを浮かべようとする。

唇の端が、ひくりと引き攣った。

こく、と唾を飲み込み、努めて冷静に聞こえるように声を押し出す。


「ねえ、ノア。勘違いしないで。最近ちょっと仲良くしてあげているからって、自分の立場を忘れたのかしら?私は王女、あなたは騎士なのよ。私はあなたの主人で、その私が命令しているの。教えなさい。あなたに拒否権はないのよ」


「……すみません」


精一杯申し訳なさそうに振舞いながら、しかしノアは意思を曲げない。

ヴァージニアは立ち上がり、つかつかと長身の騎士の元に歩み寄ると、彼が床に落とした視線を上目遣いに掬い上げた。


「何でそんなに隠す必要があるのよ!何か疚しいことでもあるの?」


「…………」


口を噤んだままのノアに背を向け、ヴァージニアは片手で前髪を掻き上げた。


「わかったわよ。もうあんたなんかには訊かない。アリーシャ義姉様がお戻りになったら教えて頂くから」


「だめです!」


急に鋭い声が飛び、ヴァージニアはびくりと肩を震わせた。

……何、今の。

ノアが、私に、怒った……?


「…………」



声も出せずにゆるゆると振り返り、いつの間にかこちらを真っ直ぐに射抜く碧眼をまじまじと見返す。

するとノアがはっと息を呑み、顔を歪めて小さくまた すみません、と呟いた。


「……大きな声を出したりして、あの……申し訳ありませんでした。……でも、お願いです。アリーシャには、何も訊かないでください」


「…………」


ちくり、と、胸が痛む。


ヴァージニアはそこで初めて、アリーシャに対して嫉妬の念を覚えた。

アリーシャ。呼び捨てなのね。そんなに親しい間柄なの?


「セ、セフィ兄様は……」


精一杯の自尊心で、動揺を押し隠す。


「セフィ兄様は、知っているの?ノアと、アリーシャ義姉様が、どういう関係か」


そうだ。もし二人の関係が二人だけの秘密なら、まだ救われる。

子供っぽい考えだけれど。

仲間外れは、自分だけではない。


けれど、返された答えは非情だった。


「エルですか。……そうですね、知っています」


「……っ!」


ぐさり、と胸が抉れられた。


「ザ……ザフィ、兄様、も?」


「ええ」


「…………」


ヴァージニアの最後の矜持が、ぱき、と音を立てて砕けた。


「……じゃ、じゃあ……私にも、教えてくれたって、いいじゃない……」


縋るような声音になったことに惨めさを感じながら、ヴァージニアはスカートをきつく握り締めた。

一瞬の逡巡の気配の後、ヴァージニアの専属騎士は、ぽつりと言った。


「……ヴァージニア様には、関係のないことですから」


「…………」


しばしの間、室内を沈黙が満たす。


「…………えっと」


俯き、完全に沈黙してしまったヴァージニアをおろおろと覗き込みながら、ノアは口を開いた。


「あの、すみません。単に、昔の、知り合いだというだけです。ヴァージニア様がご心配なさるようなことではありません」


そう言って、ぎこちなく笑う。

しかしヴァージニア力なく思った。


(……本当に、そうなら)


最初から、そう言っていればよかったのに。

もう、その答えは信じられない。

一番初めの質問の答えに詰まった、それはノアの落ち度だった。


「…………」


顔を上げないヴァージニアの正面に、困り切った表情のノアが静かに膝を付いた。


「どうしたのですか、ヴァージニア様。最近、少し様子が変ですよ」


優しく、囁くように、……諭すように、紡がれる声。

まるで、大人が子供に話し掛けるように。


「……っ」


ぎり、と奥歯を噛み締める。

気に入らない。

全く以って、気に入らない。

その機嫌を伺う声も、膝を付いた姿勢も、慇懃な態度も、何もかも。


「今まで、私の過去など気にされたことはなかったではないですか。何故、今そんなにお知りになりたいのですか」


「……きだから」


「え?」


「ノアのことが、好きだから」


顔を上げ、視線を合わせ、潤んだ瞳で思い切り睨み付ける。


「ノアのことが、好きだからよ!」


もう一度、はっきりと抑揚をつけて言い放つ。


「…………」


碧色の瞳を見開き、呆然とした目の前の男の顔。


(…………ふん、間抜け面)


ヴァージニアは僅かに溜飲を下げると、満足気に鼻を鳴らした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ