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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
18/50

第17話 王女のこと、どう思います?



「こちらでよろしいですか?」


大通りに出てしばらく歩いたところにあった、立派な構えのレストランを見上げてノアが尋ねる。

ヴァージニアは彼の指した建物に一瞥をくれると、


「嫌」


ぷい、と横を向いた。


「……ヴァージニア様……」


「あんた、私がこういうところでしか食事できないと思っているでしょ」


「そんなことは……」


困り顔のノアが思わず口篭るのを見て、ヴァージニアは心の中で舌打ちをした。


(なによ、明らかにドレスコードがありそうな、身分でお客さんを選別してそうな、コース料理しか出さなさそうなお店を選んでくれちゃって)


憮然とした顔で辺りを見回し、目に付いた飲食店を指差す。


「あっちがいいわ」


「…………」


「なによ、その顔!私が選んだ店が気に入らないって言うの!」


「……いえ、そういうわけでは。ただ……」


「つべこべうるさいわね!私はお腹が空いているの!ほら、行くわよ!」


「うわ、ちょ、引っ張らないでください……!」


ノアの外套を無理矢理掴むと、ずんずんと歩き出した。

ちらりと振り返るとノアがずれた眼鏡を直しながら引き摺られるように付いてくる。

そんな彼の姿を見て、ヴァージニアは頬が緩むのを感じた。


(そうそう、こういう感じ)


溜息を吐きながらも、結局はいつも言うことを聞いてくれる彼。

ねえ、お願いだから、私以外の命令は聞かないでね。

いつまでも、私だけに振り回されていてね。


「……ほら、早くしなさいよ」


焦れた振りをして外套を離し、代わりに長身の彼の腕にさりげなく自分の腕を絡ませた。

まるで、恋人同士のように。

こんなところを城の誰かに見られたら、と思うけれど、せっかく彼と城外で二人きりになれたのだ、少しくらいはいいだろう。

どきどきと胸を高鳴らせながら、ヴァージニアはそっと辺りを見回した。



***



「…………なに、これ」


屈強な男たちで賑わい、アルコールの臭いと煙草の煙が充満する狭い店内。

運ばれてきた料理を見て、ヴァージニアは呆然と呟いた。


「だから申し上げたではありませんか……」


ノアが諦めきった溜息と共に弱弱しく抗議を試みる。


「こんなのが出てくるなんて、言わなかったじゃない!」


「言おうとしましたよ……」


「口答えしない!ノアのくせに!」


「…………すみません」


ヴァージニアは決まり文句で下僕を黙らせると、改めて目の前のものをまじまじと見つめた。

それは、香ばしく焼かれたシカイノシシの頭だった。


(何よこれ、食べられるの?どこから?どうやって?……うう、目がある、鼻があるわ…。あの店主、どういうつもりよ。「ここでしか食べられないものを」って言ったら、嬉しそうにこんなの出してきて。嫌がらせかしら?でも、今更他のものなんて注文できないし。ああ、どうしよう……)


こんがりと焼き上がったシカイノシシと微動だにせずに睨めっこをし、だらだらと冷や汗を流しているヴァージニアの視界に、


「失礼します」


ひょい、とナイフを持った手が現れた。

フォークとナイフが鮮やかに翻り、見る見るうちにシカイノシシの頭はノアの手によって口に入れやすい大きさに切り分けられた。


「…………」


その手際に思わず見蕩れていると、


「はい、どうぞ」


そう言った彼の笑顔に、心臓がとくんと跳ねる。

ヴァージニアは赤くなった頬を隠すようにそっぽを向き、苦し紛れに早口でまくし立てた。


「ふ、ふん、なによ、私の方がずっとうまくできたのに。まあいいわ、せっかくあんたが苦労して切ったんだから、食べてあげる」


「ありがとうございます。さ、冷めないうちにどうぞ」


「……いただきます」


これならいつも食べているものと見た目には変わらない。

ヴァージニアは目を閉じて口を開けた。ぱくり。


「……!……おいしい……」


いつも城で食べているものよりも臭みが強いが、さらに強い香辛料の匂いと良く混ざり合い、野性の風味豊かな味だった。

思わず黙々と口を動かすヴァージニアに、ノアが微笑みかける。


「しかし、ヴァージニア様は子供たちに人気でしたね。先生方も嬉しそうでしたし、姫は人望がありますね」


「…………」


……人望。

ヴァージニアはちらりと上目遣いにノアを見上げると、もぐもぐと咀嚼し、飲み込むと拗ねたように視線を逸らした。


「……私ね、気が強くてわがまま、嫁の貰い手がない王女で有名なのよ。人望なんてないわよ」


眼鏡の奥のノアの瞳がわずかに見開かれる。


(あ、今のは卑屈すぎたかしら?)


ほんの少し後悔がよぎる。

しかし本当のことだ。

今更取り繕っても仕方がない。

ただ、何かを考え込むように口元に手を遣り黙ってしまったノアに、少し居心地が悪くなる。


「……なによ。別に、そんな重い話じゃないわよ。あんまり評判が良くないっていうだけで、憎まれているわけじゃないと思うし……。ただ人望って言われると、どうかしらって思うだけで……」


語尾はもごもごと口の中で呟く。


(……なによ、そんなに深く考えて言った言葉じゃなかったのに)


否定でも肯定でもいいから、さらっと流して欲しかったのに。

いや、肯定されたら怒るけど。

でも、そこまで考え込まれると、何か言わなくちゃって気持ちになるじゃない。

自分で口にした台詞だけど、まじまじと考えると悲しくなってくるじゃない。

―――ああもう。


「いいでしょ、そんなことはどうでも。ほら、早く食べなさ」


「よし、では訊いてみましょう」


「は?」


ぽん、と両手を合わせた騎士に、ヴァージニアは思わず間の抜けた声を返した。

そんな彼女に構わずノアはにこりと目を細めると、おもむろに掛けていた椅子の背もたれに肘を掛け、上体を後ろに捻った。


「ちょっと、すみません」


「あ?」


ノアの背後で食事をしていた傭兵風の男が、何事かと振り返る。

思い切り不審げな視線をものともせず、ノアは微笑と共に問いかけた。


「ヴァージニア王女のこと、どう思います?」


「ちょ、やめてよ!」


予想外の事態に、ヴァージニアは思わず立ち上がり大声をあげた。




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