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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
17/50

第16話 もし、王女じゃなかったら


それからヴァージニアは、孤児院の一室を借りて、子供たち相手に授業を始めた。

子供たちは皆思い思いに床に座り、前に立つヴァージニアを見つめる。

ヴァージニアは児童の顔をぐるりと見渡すと、黒板を使い、図を描きながら口を開いた。


「先月は、大陸に4つの国が出来るところまでだったわね。その4つの国の名前と、それぞれの首都、覚えている人はいる?」


たちまち8割程の子供が元気よく片手を挙げた。

挙手をしていない者のほとんどは年長者だ。

微笑みながら、知識の吸収を始めたばかりの小さな家族を見守っている。


「じゃあ……カーヤ。言えるかしら?」


名前を呼ばれた少女は頬を紅潮させて、恥ずかしそうに立ち上がった。

アッシュグレイの髪に紫色の瞳。

北国ゼーフェルトの血を引いていることが一目でわかる。


「は、はい、えっと……。エストレア、首都はベルファール、ゼーフェルト王国、首都はブランディフ、レスランカ、首都はチェルタエ、……チェルタウェル、ええと……クレムストン王国……首都は……」


突っ掛かりながらもそこまでは言えたが、続きが出てこない。

必死で思い出そうと瞬きを繰り返すカーヤの細い足を、彼女の横に座っていた男の子がにやにや笑いながら小突いた。


「おい、どうしたんだよ。俺の国だぞ。手ぇ挙げといてわからないのか?ただ目立ちたかっただけかよ」


「ち、違うもん!知ってるの、今日姫様がお見えになるから、ちゃんと覚えて……っ」


言い返すカーヤの声はすでに涙声だ。

そんな彼女の様子にますます調子に乗った男の子が さらに言い募ろうとし、


「あら、ルウェリン、偉いのね。教えてあげてるの?」


明るいヴァージニアの声に先を越されて、ぐっと詰まった顔をした。

皆の視線が彼に集中する。


「……う、いや……その……」


男の子―――ルウェリンは途端に顔を真っ赤にして俯き、もごもごと口を動かす。


「―――っ、くそっ」


「え?きゃっ」


そして小さく悪態を吐くと、起立したままだったカーヤの片腕を乱暴に引っ張り、よろけた彼女の耳元に何かを囁いた。カーヤの顔が一瞬で輝く。


「クレムストン王国、首都は、アルトゥーロです!」


カーヤの澄んだ声に、ヴァージニアは笑顔になった。


「正解よ、カーヤ、よく出来たわね。ルウェリンも、助けてあげて偉かったわね」


「えへへ、ありがとう、ルウェリン」


「…………ふん」


先程からかわれたことなど忘れたようなカーヤの笑顔に、ルウェリンはバツが悪そうに顔を背けた。

その後、ヴァージニアはそれぞれの国の特色、交易関係、風土などについて語った。

彼女の説明の仕方に、ノアは密かに感心する。

今この場で彼女の講義を聞いている子供たちは、エストレアに住んでいるとはいえ元は大陸全土から集まってきたのだ。大なり小なり皆それぞれに、自分の国に対する誇り、他国の文化や歴史と比べて遜色などないという自負がある。

ヴァージニアは何気なく言葉を紡ぎながらも、きちんとどの国にも平等に、決して特定の国が優れている、劣っていると取られる表現を使わずに授業を進めている。

しかし、だからといって講義の内容が抽象的で無機質になることもなく、しっかりとそれぞれの国の良いところを紹介し、自分の経験も織り交ぜているのだから大したものだった。

しかもヴァージニアは、それらのことを無意識にやってのけているようだ。

生き生きと身振り手振りを交えて話す彼女からは、あくまで話したいことを出来るだけわかりやすく、興味を持って聞いて貰えるよう話しているだけ、という印象しか受けない。

王族として受けた教育の賜物か。

または本人の生まれ持った資質か。

どちらにせよ、得難い能力であることに変わりはなかった。


「お疲れ様でした、ヴァージニア様」


「ふふ、びっくりした?月に一度ここに来るたび、こうして講義をしているのよ」


昼の鐘が鳴り、講義を終えたヴァージニアが得意そうな顔でノアのもとに走り寄ってきた。


「護衛の騎士に自由時間を与えたのは、このためだったのですね」


淡々としたノアの声音に、ヴァージニアがやや身構えた。


「…………ザフィ兄様には、内緒よ。命令よ。言ったら、お仕置きするわよ」


「かしこまりました。危ないことでもありませんし、言いませんから安心してください」


ノアが苦笑してそう言うと、ヴァージニアはほっとした顔をして笑った。

そのまま半歩の距離までノアに近付いて囁く。


「……私本当はね、お化粧の仕方やダンスを覚えるよりも、歴史や言葉、数学を勉強することの方が好きなの。セフィ兄様はね、男の子たちと庭で遊んでいたわ。泥まみれになって笑う姿は、とても王子様には見えなかったわね」


その光景を思い出したのか、弧を描く口元を片手で押さえる。

ふと、賑やかに駆けていく子供たちの後姿に目をやって。


「もし、王女じゃなかったら……学校の先生に、なりたかったなあ……」


独り言のように、呟いた。


「…………」


そんな彼女を数秒見つめ、ノアはにこりと笑って明るい声で言った。


「お腹、空きましたね。御飯を食べに行きましょう」




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